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      <title>知っとこ！遠征先情報</title>
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      <language>ja</language>
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         <title>おにぎりパワー</title>
         <description><![CDATA[久しぶりの遠征先情報となってしまいました。
諸事情あり、遠征前にもう少しエストニアの事や今回の遠征の内容などをお知らせする予定がとうとう果たせず、
そのまま遠征に出発することとなってしまいましたことを、まずはお詫び申し上げます。


今年の遠征地エストニアは、前日までの雨続きから一転、
私たちを歓迎するかのような北欧の柔らかい日差しに包まれた爽やかな毎日でした。
目の前に広がる景色の大半を占める青空の下に広がる、黄金色の大自然は360度どこまでも平らで美しく、
北海道にも満たない小さな国であることを忘れさせてくれました。


今回は本来のおにぎり隊の目的である、おにぎりを握って現地の人々と交流する活動にプラスして、アマチュア相撲世界大会に合わせた日本文化週間の行事に参加していただいたため、イベント、イベントの連続で、まずは順調に事を運べるか多少不安を抱えながらの出発でしたが、おにぎりのパワーは実にインターナショナルに発揮することを実感したツアーでもありました。


到着翌日朝、即刻活動開始。
タリン旧市街の丘の上にある国会議事堂のキッチンとダイニングルームをお借りして行ったおにぎり交歓会が、今回の遠征最初のイベントでした。
この国を代表する少女合唱団「エレルヘイン」の団員たちとその保護者がお客様です。
国会議事堂の中に入るのは私も初めて。
18年前、旧ソ連からの開放を実行に移した政治家達が力を終結した場であることを思うと、感無量でした。
実は国会議事堂の一般人による集会は前代未聞で、通常絶対にありえない事とのこと。
では、なぜ許されたか･･･。それは「歌とおにぎり」でした。
まさしくそれはエストニアと日本の平和の象徴であることを議事堂の方々が認めてくださったのだと、交歓会終了後聞かされました。
ここで一つ、おにぎりパワー発揮。

<img alt="kokaigijidou-s.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/kokaigijidou-s.jpg" width="300" height="225" />


鈴（りん）が鳴り、那須隊長の煎茶のお点前が始まると、参加者の目は手元一点に集中。
衣擦れの音もしないほど息を凝らして見入っているその静かさを破って、「エレルヘイン」の清らかな歌「さくら」がダイニングルームいっぱいに響き渡る。
それとともに隊長の「気」の入りは頂点に達し、人々の心に言葉にならない感動が溢れている様子が見て取れました。
それはまさしく日・エの息がぴったりと合った瞬間でした。
そして心の満足を得た後にはお腹の満足。お点前の後のおにぎりと豚汁の美味しかったこと。
キッチンで炊いたご飯にそれぞれが好きな具を入れて思い思いの形にご飯を握り、海苔を巻いてガブリ、笑顔に溢れた楽しいひと時でした。
終了後、毎日日の出と共に国旗掲揚が行われる「のっぽのヘルマン」の塔へ登頂。
長い螺旋階段を登り塔のてっぺんに出て見ると、強い風が白い雲を勢いよく流している秋空の下に、タリン市街が美しく広がっていました。

<img alt="eleruheininkimono-s.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/eleruheininkimono-s.jpg" width="300" height="225" />  <img alt="ereruheintoonigiri-s.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/ereruheintoonigiri-s.jpg" width="300" height="225" />


もう一つのおにぎりパワー。
エストニア第二の都市タルト市にある高齢者デイセンターを訪問し、ここで行われているサークルの一つであるフォークダンスグループのおばあちゃん達20名ほどにおにぎりを披露。
比較的静かで控えめな国民性を持つ印象のエストニア人ですが、ここでは元気一杯なおばあちゃん達のありのままの姿を垣間見ました。
手で握る異国の食べ物「おにぎり」を恐る恐るながら美味しそうに食べ、豚汁をお替りして楽しんでいました。
残ったおにぎりを「どうぞ持ち帰ってください」と言うと、「夫に食べさせる」と嬉しそうに微笑んだおばあちゃん達の笑顔は健康そのものでした。
終わりにフォークダンスを教えてもらい、おにぎり隊も一緒にクルクル廻されながら楽しく踊りました。
久しぶりにお腹の底から笑ったことに気がついたのは私だけではなかったと思います。
それにしても踊っている時のおばあちゃん達の力の強かったこと、今だに腕や背中にそのパワーの印象が残っています。

<img alt="obaachantoonigiri-s.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/obaachantoonigiri-s.jpg" width="300" height="225" />  　 <img alt="oreinidancewo-s.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/oreinidancewo-s.jpg" width="300" height="225" />

第三番目の都市ラクヴェレへ到着したのは、その日の夜になりました。
ライトアップされたラクヴェレ城に迎えられたその町は、大相撲力士把瑠都関の故郷。
厳密に言うとさらにもっと田舎に行ったところに実家はありますが、この町の体育館で把瑠都関は柔道を学んでいました。
ラクヴェレの活動は、タリンでの国立料理・サービス専門学校に引き続き、ラクヴェレの料理専門学校でも行われた、日本食文化の講義と実演担当、古川講師の出番から始まりました。
Yokoso Japanの映像と両国の国旗に迎えられ、緊張が高まったところで講義が始まり、日本食文化の説明に参加者は熱心に耳を傾け、初めてみる日本の食材や調味料を手に、遠慮がちに香りを確かめたり試食したりしていました。
寿司、牛丼の実技演習もあり、校長先生自ら熱心に記録し、新しい食文化への興味を大いに深めた様子でした。

<img alt="ragureryourijissyuu-s.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/ragureryourijissyuu-s.jpg" width="300" height="225" />      <img alt="nihontaishikantaimi-s.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/nihontaishikantaimi-s.jpg" width="300" height="225" />

いよいよイベント予定最終日のスーパーマーケットでの「おにぎり」、一般の人々に手で握った日本の食べ物を受け入れてもらえるかどうか半信半疑でしたが、ここでもおにぎりパワー炸裂！
200ヶのおにぎりが瞬く間に無くなり、予定より1時間も早くはけてしまいました。
やはり、おにぎりは人々に笑顔を与える世界に通じる食べ物でした。


イベントの締めくくりはラクヴェレ市主催の「美と着物ショー」。
江戸時代の美人画に出会った画家トヌさんが、そこから受けた印象をバンド演奏にあわせてキャンバスに描いている間に、その浮世絵に出てくる日本女性の着物姿を現代の姿で再現するという企画でした。
割烹着姿でおにぎりを握っていた女性隊員達も、凛としたきもの姿で総出演。
さすがに日本人、着物を着ると身も心も引き締まります。
本番では那須隊長のお点前や舞踊も加わり、あでやかで華のあるステージを演じました。
この企画は日本大使館からの依頼でしたが、ぶっつけ本番状態でどこまで完璧に出来るものか不安だらけで、今回の数多くのイベントの中で一番気がかりな企画でした。
しかし予想以上に集まった大勢のお客様を前に、堂々と日本の美を披露することができました。
これは偏におにぎり隊の皆さんのご理解とご協力があってこそ実現したイベントでした。
おにぎり用の食材だけでも荷物が多いのに、さらに着物を準備していただいたため、飛行機に乗る時には超過料金が発生しないように荷物を分けたり、重い手荷物を各自で持ったり、幾度もハラハラした場面があったりと、皆さんには大変なご苦労をお掛けしましたが、今はそれも楽しい思い出となりました。
参加した隊員の皆様にはエストニアを訪問して頂き、現地の人々と温かい交流をして下さったことを心より厚く御礼申し上げます。
レポートを通してエストニアを知っていただいた皆様には、「おにぎり」を愛する温かい心の隊員の皆様と共に笑いの耐えないすばらしい遠征が出来たことを喜んでご報告し、このコーナーの締めとさせていただきます。


今後の日本おにぎり隊の益々のご活躍をお祈りするとともに、エストニアを遠征地として選んで頂いたことを改めて心より御礼申し上げます。

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         <category></category>
         <pubDate>Tue, 11 Nov 2008 11:05:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エストニアの人々</title>
         <description><![CDATA[暑いですね、この蒸し暑い夜を迎える頃になるとエストニアが恋しくなります。
気温は18℃～25℃、何と言ってもさわやかな乾いた空気は気持ちのいいものです。
（北海道の夏を想像してください）
しかも6月23日の夏至が過ぎた今頃は完全にとは言えないまでも日本では体験できない白夜の日々です。


この季節、人々は家族揃ってカントリーハウスで夏を過ごし、
ブルーベリーやラズベリーを収穫してジャムにしたり、
魚をスモークしたり、ピクルスを作ったり、冬に備えて保存食を作ります。
しかし首都圏市街地はお盆の東京が一ヶ月続いたような状態、ほぼ会社などは機能しません。


でも旧市街は元気です。
観光客相手のホテルやレストラン、土産物店は一年で一番忙しい時期ではないでしょうか。
街を右往左往しているのは中央ヨーロッパあたりから来た中高年の団体さん、
トーンペア（旧市街の丘の上）の裏道には大型観光バスがずらりと並んでいる、中世の街並みには似つかわしくない風景が見られます。
観光客を笑顔で迎えるエストニアの人々は、愛想も良く、MacのSmile０円そのもので大概評判がいいです。
商売ですから、と言われればそれまでですが、すらっと背の高いウェイターや美しいブロンドの髪の店員さんに微笑まれたら、気分悪いはずがないですよね。

<img alt="bus_no_retu.JPG" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/bus_no_retu.JPG" width="120" height="160" />                                                 <img alt="kannkoukyaku_no_nami.JPG" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/kannkoukyaku_no_nami.JPG" width="160" height="120" />


で、一般の人たちはどうでしょう？
エストニア人ってどんな国民性？そんな疑問出てきますよね。
日本人とよく似ていると感じるところが多く、心情的に通じるというか、安心して付き合えると感じる人が多いようです。
共通してよく使われるのは、シャイという言葉。
遠慮がちで、吾も吾もというところがない、静かで思慮深い人が多いように思います。････というか、思っていました。
ところが、つい最近NHKBSのある番組で在日エストニア人たち自身がエストニアの人々の性格を語っている中で、「エストニア人は隣の人が不幸になると喜ぶのです」という爆弾発言があり、大いにスタジオが沸いた場面がありました。


これには私も驚き、友人に本当かどうか確かめました。
友人いわく、「そうよ、うわさ話の種ができるでしょ。外国から来た人には親切なのは、あたりまえ。こんな小さな国に来てくれてありがとうという気持ちがあるからね、でも本当は人のうわさ話をするのが楽しい人は多いよ、レベルの低い話だけどね」とのことでした。
なるほど、妙にガテンでした。


ただ、いろいろとお付き合いしている中で感心したのは、学ぶことの大切さを子供たちにきちんと教えていることです。
悠久の昔から大国に翻弄され続けてきたこの国の人々は、教養こそ「宝」ということを身に沁みて分かっているのです。
いざ国を捨てて逃げなくてはならない事態になった時に、何も持ち出すことは出来ません。
でも頭の中にある言語能力や教養はいつでも、どこでも引き出して使うことが出来るというわけです。
人口135万人という少数民族が一致団結して国を守り、独自の芸術文化を育んでいることが出来ているのも、こんな代々受け継がれてきた教育思想が根底にあることに気づかされます。
どこかの国の教育現場とえらい差を感じるのは私だけではない･･･、はず。

では、また。

注）おにぎり隊が訪問する10月は観光客も少なくなり、美しい紅葉と静かになった旧市街を楽しむことが出来ます！
]]></description>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 18 Jul 2008 14:00:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エストニアの国歌</title>
         <description><![CDATA[エストニアの国歌を日本で聞くことはほとんどありませんね。
でももしかしたら、北京オリンピックで聞くことが出来るかも知れません。
2006年のトリノ冬季オリンピックではクロスカントリーで3つの金メダルを獲得していますし、
2007年大阪世界陸上では、円盤投げでやはり金メダルを取り、国歌を鳴らしました。
ですから、もしかして北京オリンピック、なのです。
その時のためにどうぞ国歌を覚えておいてください。
まずは、エストニアの国歌をお聴きください。</br></br>
エストニアの国歌を<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=yS_IHqUOMrs&NR=1">聴く</a>。</br></br>

Mu isamaa, mu onn ja room（祖国はわたしの幸福と喜び）</br></br>

あなたは本当に美しい </br>
見つけることはできない </br>
この広大な世界のどこにも </br>
あなたほど愛しいものを </br>
わたしの祖国よ </br></br>
  
あなたはわたしを生み </br>
そして育てた </br>
わたしはいつまでもあなたに感謝し </br>
死ぬまで裏切らない </br>
わたしのこの上なく愛しい </br>
愛する祖国よ </br></br>
  
神があなたを見守ってほしい </br>
愛する祖国よ </br>
神があなたの庇護者となり </br>
あなたを大いに祝福してほしい </br>
あなたがいつ何を行おうとも </br>
愛する祖国よ</br></br>

と、こういった意味で歌われています。</br>
大いに自国を愛し、民族に誇りをもって生きているか分かりますね。</br>
でも、この国歌、実はフィンランドの国歌とまったく同じメロディーなのです。</br></br>

二つの国歌を<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=8yWyQaV6B0E&feature=related">聴く</a>。</br></br>

なぜフィンランドと同じ国歌？</br>
この歌、ドイツからフィンランドに移民したパシウスという人が、
1848年にフィンランドのために作った曲でした。
それが1869年にタルト市で始まったエストニアの合唱祭で紹介されるやいなや、
国家意識の目覚めの歌としてエストニア人の間で広く歌われるようになり、
1918年の独立宣言の2年後には国歌になったのです。
でも、1940年にソ連に併合されてからは、この歌は一切歌うことを禁じられ、
変わりにソビエト連邦下のエストニアの国歌が別に制定されました。
以後1991年に再独立を獲得するまで、この国歌を歌い続けることになるのです。</br></br>

ソ連時代のエストニア国歌を<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=nfjPGL2FuyA&feature=related"> 聴く</a>。</br></br>

でも、一つソ連当局にも手に負えない事がありました。それは、電波です。
北エストニアの人々は、フィンランド国営放送から毎晩流れてくるフィンランドの国家を
自らの国歌としてこっそりと聴き、苦しい時代を耐え忍んでいました。</br>
そして、1989年、まだ国歌は歌えません。
でもここで「歌う革命」が起こり、人々はかつて合唱祭の最後に必ず歌っていた
第二の国歌と呼ばれる「Mu isamaa on minu arm　わが祖国、わが愛」を高らかにエストニア語でうたいました。
ソ連統治下で初めてのエストニア語の大合唱でした。
それゆえ、人々は現在もまだこの歌いながら涙を流している姿が見られます。</br></br>

「Mu isamaa on minu armわが祖国、わが愛」を<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=08nf7hk4iBo&feature=related"> 聴く</a>。</br></br>

「歌う革命」とともにこの曲は世界的にも有名になり、
日本でも1999年にはNHKの「地球に乾杯・2万3千人の大合唱、エストニア　祖国への愛」でも取り上げられました。
来年、2009年は5年に一度の合唱祭です。またこの歌が最後に歌われるでしょう。</br></br>

YouTubeでこれらの歌を検索しているうちに、
昨年5月に天皇皇后両陛下がエストニアをご訪問なさったときの映像が見つかりました。
歓迎のミニ合唱祭で両陛下に本番さながらの合唱を披露した最後の場面です。
いかにエストニアの人々が両陛下を暖かくお迎えし、日本を知り、
親しみを持つようになったか垣間見ることが出来ますよ。</br></br>
天皇皇后両陛下の合唱祭を<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=YhQqU3VqfrY&feature=related"> 見る</a>。</br></br>

ついでに、2004年に行われた合唱祭の<a href="http://balticnet.jp/travel/songfest_photo.html">写真</a>も見てください。

<img alt="song_festival_ground.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/song_festival_ground.jpg" width="159" height="120" />
]]></description>
         <link>http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/2008/06/post_5.html</link>
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         <pubDate>Mon, 23 Jun 2008 17:57:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エストニアの国旗</title>
         <description><![CDATA[エストニアの国旗を見たことがありますか？


世界の国旗数ある中で、ちょっと変わった色の組み合わせかもしれません。
上から青、黒、白の横並び三色旗です。
青はエストニアの空・湖・海、つまり自然を愛するエストニアの国民を象徴しています。
黒は故郷の大地を示し、白は人々の幸福の追求を意味しています。

<img alt="flag_estonia_lg.gif" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/flag_estonia_lg.gif" width="100" height="75" />


現在の地に1万1千年位前からエストニア人が住み始め、紀元前3千年頃ウラル山脈の西側から移住してきたフィン･ウゴル人たちが共に暮らし始めました。
人々は自然の中に神を思い、木を切る時は森の精に祈りを捧げ、熊を狩る時は熊の魂を慰める神事を行い、常に自然に畏敬の念を持っていました。
これはアイヌの文化や神道に見られる自然信仰、民族信仰、八百万の神の信仰と共通しています。
実際それを確かめたくて北海道のアイヌ村を訪ねるエストニア人やエストニアを訪ねる神社関係者が多いのはちょっと興味深い現象ですね。


海と森と豊富な水、両国共通の恵みです。
第二次世界大戦を境に両国の自然の運命は右に左に大きく分かれたように思います。
日本は敗戦後アメリカ的文化生活を目指して、森をつぶし、公害を垂れ流し、自然を破壊し続け、やっとその過ちに気付き反省し、今少し「日本」に戻っているような気がします。
しかしそれとは反対に、幸か不幸かソ連に支配されている間手付かずだったエストニアの自然はあるがままの美しさを保ち、半世紀に渡って押し付けられた苦しみの中、心の底に秘め持ち続けた民族意識をようやく回復したエストニアの人々は、ヨーロッパ人として開放感に浸っています。
経済成長が続くエストニアは他国の経験から学び、自然を壊すことなく世界のオアシスになっていってもらいたいと心から思いますね。
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         <pubDate>Fri, 23 May 2008 16:20:10 +0900</pubDate>
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         <title>特徴は？</title>
         <description>さて、こんな小さな国ですが世界に誇れるものがあります。
それは何といっても世界遺産に登録されている5年に一度の「歌と踊りの祭典」をはじめとする音楽文化です。
歌は1991年にソ連からの独立した時にも大きな役割を果たしました。歌で国を独立させたなんて、すごいと思いませんか？


1989年エストニアの中央に位置する大学街、タルトで行われたロックフェスティバルから始まった自由への賛歌は、引き続き首都タリン旧市街の広場で歌ったロック歌手に共鳴した市民の大合唱によって広がりました。
慌てたソ連軍は人々を追い払おうとしましたが、その人々は「歌と踊りの祭典」会場に向かい、手を繋いでさらに歌い続けました。
そしてそれは隣国ラトビア、リトアニアにも影響を与え、「歌う革命」が始まり、かの有名なバルト三国の人々が手を繋いで自由を訴えた600kmにわたる「人間の鎖」となって国際社会に自由を訴えたのです。
この静かなる革命にゴルバチョフもエリツィンも手を引かざるを得ませんでした。


今、このソ連からの開放から17年目を迎えようとしています。
その頃幼かった子供たちも二十歳を過ぎ、ヨーロッパの一員として明るく自信に満ちた国でのびのびと成長しています。
IT先進国として、また高い経済成長率を達成している国として注目を浴び、そしてその人々の歌は世界中で高く評価されています。


10月のおにぎり隊エストニア遠征では、この国を代表する少女合唱団エレルヘインと共におにぎりを握ります！
グラミー賞を受賞した正真正銘世界一の少女合唱団です。
美しい歌声を聴きながら「おにぎり」っていうのもオツなものでしょうね。
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         <pubDate>Thu, 24 Apr 2008 13:59:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エストニアってどこ、どんな国？</title>
         <description><![CDATA[「日本おにぎり隊」という団体がエストニアで活動したいそうだという情報をいただいた時は、正直言って「おにぎり隊？海外で炊き出し？ほんとかいね」って思ったのでした。

まったくもって想像したこともない文化交流活動方法でした。

でも、那須さん(実行委員長）と古賀ママさん（2006年モンゴル遠征参加）から具体的なおにぎり隊の活動のお話を聞いて即、「おにぎり」これぞ日本食文化の原点、、
それを握って人的交流を図る方法は単純だけど、双方の心の底で求めている何かを呼び起こして二つの想いを一つにする最高の手段じゃないかと気づきました。

昨年10月に下見としてエストニアを訪れ、老人ケアセンターと大学の日本語クラス２ヶ所で実際におにぎりを握ってみました。
最初は恐る恐る見ていたおじいちゃん、おばあちゃん、学生さんも実際に握ってみたら、みーんな即笑顔一杯になり、「おにぎり効果」が確実に現れました。
あの手に伝わる暖かさと柔らかさが笑顔を誘うのでしょうかね。

今年はこの「おにぎり隊」の活動が注目され、
１０月にエストニアのラクヴェレ市で行われる相撲世界大会（SUMO World Championship) の前イベントとして開催されるJapan Weekに参加することになりました！

ラクヴェレはエストニアの首都タリンから約100Km東、エストニア人力士、把瑠都関の出身地です。
<a href="http://www.rakvere.ee/index?lang=eng">http://www.rakvere.ee/index?lang=eng</a>
<a href="http://www.rakvere.ee/index.php?main=686">http://www.rakvere.ee/index.php?main=686</a>

というわけで、この場をお借りして、
皆さんあまり馴染みのない、
でも下見で行った方すべてが虜になった
「エストニア」という国を紹介させていただきたいと思います。


さて、第一回目の今日は、

<strong>「エストニアってどこ、どんな国？」</strong>

そんな素朴で、日本人のほとんどの方が持っている質問から。

エストニアを知らなくても、恥ではありません。
アフリカ？　え、南米？
郵便局でもそう聞かれたことがあります。

ま、最近は流石にそんなこともなくなりましたが、
ちょっと国際情勢や世界史に関心のある方は冷戦終息時にソ連から独立を果たした国の一つといったこともご存知かもしれません。
また、一部の音楽好きの方は有能な作曲家や指揮者、合唱の盛んな国ということを知っているかもしれません。
でも、知名度数値的には相撲でひざに怪我をしながらも頑張っている把瑠都関が一番知られているエストニア人なのかもしれません。

しかしながら、把瑠都関を応援している「エストニア」っていう国名は知っている方でも地図上の詳しい位置になると90％以上の方がご存知ないのが実情です。

さて、<strong>場所は？</strong>

エストニアはバルト三国（エストニア・ラトビア・リトアニア）の一番北、
フィンランドと海（フィンランド湾・約80Km）を隔てたお向いの国です。
北欧に属するとお考えください。
フィンランド人とは同じ言語族フィン・ウゴルで親戚関係にある国だからです。

遠いイメージをお持ちでしょうが、実はとても近いのです。
まずはフィンランド航空（フィンエアの回し者ではないのですが、やはりこれが一番楽なのです）でヘルシンキへ、そこから待ち時間40分+飛行時間30分の乗り継ぎでもう首都タリンです。
冬時間なら12時に経ってその日の17時過ぎには現地入りできちゃうのです。
経ったその日の夕飯はエストニア料理！なのです。

<strong>どんな国？</strong>

九州とほぼ同面積の国ですが、私はよく北海道に札幌の人口がすんでいるところと想像してくださいと言います。
人口約140万人、北海道と違うところは山がなく、一番高いところで約330ｍの「卵山」という、まっ平らな国です。実に根釧平野が北海道全体になったような国です。

イメージとしては、北欧の澄み切った空気と、（ソ連時代のおかげで？）時代の空白期間に培われた、また西欧からの影響にかき消されることなく残った民族文化と、ヨーロッパ人の仲間入りすることで開放された思想、教養、隠されていた芸術的才能が花を開き始めた国、ってところでしょうか。

では、また。
 
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<a href="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/more-s.html" onclick="window.open('http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/more-s.html','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/mmcolumn/images/more-s-thumb.jpg" width="160" height="120" alt="" /></a>]]></description>
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         <pubDate>Tue, 04 Mar 2008 16:42:23 +0900</pubDate>
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