エストニアの国歌
エストニアの国歌を日本で聞くことはほとんどありませんね。
でももしかしたら、北京オリンピックで聞くことが出来るかも知れません。
2006年のトリノ冬季オリンピックではクロスカントリーで3つの金メダルを獲得していますし、
2007年大阪世界陸上では、円盤投げでやはり金メダルを取り、国歌を鳴らしました。
ですから、もしかして北京オリンピック、なのです。
その時のためにどうぞ国歌を覚えておいてください。
まずは、エストニアの国歌をお聴きください。
エストニアの国歌を聴く。
Mu isamaa, mu onn ja room(祖国はわたしの幸福と喜び)
あなたは本当に美しい
見つけることはできない
この広大な世界のどこにも
あなたほど愛しいものを
わたしの祖国よ
あなたはわたしを生み
そして育てた
わたしはいつまでもあなたに感謝し
死ぬまで裏切らない
わたしのこの上なく愛しい
愛する祖国よ
神があなたを見守ってほしい
愛する祖国よ
神があなたの庇護者となり
あなたを大いに祝福してほしい
あなたがいつ何を行おうとも
愛する祖国よ
と、こういった意味で歌われています。
大いに自国を愛し、民族に誇りをもって生きているか分かりますね。
でも、この国歌、実はフィンランドの国歌とまったく同じメロディーなのです。
二つの国歌を聴く。
なぜフィンランドと同じ国歌?
この歌、ドイツからフィンランドに移民したパシウスという人が、
1848年にフィンランドのために作った曲でした。
それが1869年にタルト市で始まったエストニアの合唱祭で紹介されるやいなや、
国家意識の目覚めの歌としてエストニア人の間で広く歌われるようになり、
1918年の独立宣言の2年後には国歌になったのです。
でも、1940年にソ連に併合されてからは、この歌は一切歌うことを禁じられ、
変わりにソビエト連邦下のエストニアの国歌が別に制定されました。
以後1991年に再独立を獲得するまで、この国歌を歌い続けることになるのです。
ソ連時代のエストニア国歌を 聴く。
でも、一つソ連当局にも手に負えない事がありました。それは、電波です。
北エストニアの人々は、フィンランド国営放送から毎晩流れてくるフィンランドの国家を
自らの国歌としてこっそりと聴き、苦しい時代を耐え忍んでいました。
そして、1989年、まだ国歌は歌えません。
でもここで「歌う革命」が起こり、人々はかつて合唱祭の最後に必ず歌っていた
第二の国歌と呼ばれる「Mu isamaa on minu arm わが祖国、わが愛」を高らかにエストニア語でうたいました。
ソ連統治下で初めてのエストニア語の大合唱でした。
それゆえ、人々は現在もまだこの歌いながら涙を流している姿が見られます。
「Mu isamaa on minu armわが祖国、わが愛」を 聴く。
「歌う革命」とともにこの曲は世界的にも有名になり、
日本でも1999年にはNHKの「地球に乾杯・2万3千人の大合唱、エストニア 祖国への愛」でも取り上げられました。
来年、2009年は5年に一度の合唱祭です。またこの歌が最後に歌われるでしょう。
YouTubeでこれらの歌を検索しているうちに、
昨年5月に天皇皇后両陛下がエストニアをご訪問なさったときの映像が見つかりました。
歓迎のミニ合唱祭で両陛下に本番さながらの合唱を披露した最後の場面です。
いかにエストニアの人々が両陛下を暖かくお迎えし、日本を知り、
親しみを持つようになったか垣間見ることが出来ますよ。
天皇皇后両陛下の合唱祭を 見る。
ついでに、2004年に行われた合唱祭の写真も見てください。


