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      <title>隊長の暇潰し　～1年は31,536,000秒、死ぬまでには？～</title>
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         <title>凸と凹</title>
         <description>子供の頃から雨の日って好きじゃなかった。

「晴れ」あれば「雨」あり。「雨」があるから「晴れ」がある。 当たり前の事。
分かっちゃいるけど単純な俺はいつも晴れを期待する。そして晴れの日だけを記憶に留めておこうと努力する。傘も出来るだけささない。今、目の前の雨を見詰めつつも明日の晴れをイメージしてしまうのだ。自称『晴れ男』って結構そんな単純な奴等なのかもしれない。
『きっと明日は…』 そんな夢を見ちゃ悪いでしょうか。笑


そんな俺が何故か今日は雨降りの空を眺めながら、昔大切な人を亡くした時の涙、信じていたコトが崩れ去った時の辛さや13年一緒に暮らした愛犬を失った時の喪失感等々…想い出しています。

ひとつひとつの出来事に一生懸命やってきたつもりでも、どうしても「ああしてあげれば良かった…」という想いが残る。伝えきれなかった交わしきれなかった想いも残る。
禅問答をするつもりはないけれど、凸（でこ）は凹（ぼこ）を失って初めて自分の凸（でこ）さ加減に気が付くのだ。

そんな事をつらつらと思っていたら雨は上がっていた。
そう言えば今日も昼から御飯食べるの忘れている。ここんとこちょっとご飯忘却症だ。笑
ちょっと元気を補充に行ってこよう。


きっと明日は晴れ。　　　だと良いなぁ・・・


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         <pubDate>Fri, 24 Oct 2008 21:42:31 +0900</pubDate>
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         <title>振りかえる時間旅行</title>
         <description><![CDATA[記憶と同時に刻み込まれた様々な感情。
旅というのはワインのように時と共にその味わいが変化する不思議な非日常だ。

エストニア遠征の旅を終えて一週間が経った。
今回の遠征は８名と、過去最少人数での活動だったが、濃密度からいうと最もエスプレッソな遠征だった。５日間で６つのイベント。日本文化を伝えるというのを様々な局面から試みた面白い日々だった。




「風の民」としてその「土地の民」と交わる。そして新たな『風土』が築かれる。


タリンとタルトでの交流プログラムと最後に立ち寄った町ラクベレー。２万人ほどのこの小さな町で行われた<strong>相撲のワールドカップ</strong>。そしてその前段に行われた<a href="http://www.rakvere.ee/index.php?main=868">“日本文化週間”</a>へ我々おにぎり隊は参加した。
<img alt="L-jaapanikultuurinadal.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/L-jaapanikultuurinadal.jpg" width="283" height="400" />

料理学校で日本の食文化を伝えた古川氏の講義＆実演。受け入れて下さった市長はじめ関係者や大使館の人々の熱意がその表情から伺えた。助手として付いてくれた料理学校の学生達、これを機にいつの日か日本へ本格的に日本食を学びに来てくれると嬉しい。

スーパーマーケットでのおにぎりデモンストレーションと試食会。多くの町の人が通りがかりに立ち寄ってくれた。いつの日か日本食レストランがこの町に出来て、『 Tenpura  kudasaai 』 なんて声がこだましていると嬉しい。

<img alt="L-jaapanikultuurinadal1.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/L-jaapanikultuurinadal1.jpg" width="489" height="200" />


<strong>Tonu</strong>さんというパフォーマンスぺインター＆<strong>Frajile</strong>という即興音楽のユニットとおにぎり隊のコラボレーションプログラムでは篠笛奏者の金子さんの息を飲む演奏。
今回海外旅行が初めてとは思えない福田さんの着物の着付けパフォーマンス、そして観客を魅了した大矢さんの振袖姿。荒井さんの生け花、煎茶のお点前（これは僕と森さんで）、そして荒井さんの書の書き下ろし。
我々のパフォーマンスと江戸の浮世絵師：鈴木春信にインスピレーションを得て即興音楽と即興で絵を描き上げるというなんとも不思議なイベントだった。

個人的には、何故か番傘をさして花道（しっかりステージを作っていた）を大矢さんと歩かされたのが恥ずかしかった。
裏方で慣れない（というか初めてやる）水屋を務めてくれた前川さん、VTRを必死に回していた今回唯一の学生：耕太郎の活躍も光った。ホント、感謝です・・・。

終わった後、関係者の嬉しそうな笑顔が今回の交流パフォーマンスの成果を物語っていた。
夜はどこもレストランが閉まっていたので宴は買ってきたパンと少量のお惣菜で。質素だけど皆の「いやぁ、あの時は○○だったねぇ」 とか 「私は○○の時は緊張したわよ～」等々、ちびりちびり各自コーヒーやコーラを飲みながら達成感を分かち合った。こういう瞬間っていいもんだ。
この夜の想い出は色んな意味で忘れられないモノになった。


いつの日かこの町に篠笛の音が響いたり、町のどこかに書が掛っていたり、内掛けなんぞが家の中に飾ってあったりしたら、、ちょっと嬉しい。
というか実際そうなったらビックリするなぁ。笑


記憶というものは、その時その場面の動画ではなくて、フラッシュで蘇る瞬間の映像なんだそうだ。俺はこのエストニアでの瞬間をどんな時間軸に乗せてゆくのだろう。
時間旅行。 来月、一年後、五年後…、その時々で蘇る映像にどんな心の風土が出来上がっているのか。また改めて振りかえる時が楽しみなところだ。

俺のエストニアでの記憶はまだ心の中の醸造所へ入ったばかり・・・]]></description>
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         <pubDate>Mon, 20 Oct 2008 02:32:44 +0900</pubDate>
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         <title>我ここに立つ</title>
         <description><![CDATA[<strong>『ボランティア』</strong> の語源だそうだ。（昔、友人から聞いた。）

“自らの意志で事を起こす”という事だとおもうんだが、おにぎり隊をやっているとよく、「ボランティアですか、、偉いですね。」と言われる。毎度このセリフに「んっ？」と思う。何が偉いんだろうか…と。


今日はエストニア遠征メンバーの森さんに会いに静岡へ。
この方が気合いの一声を<strong>ドカンッ</strong>かけると人が1,000～2,000人は軽～く集まってくる。なんともパワフル。駿河湾、太平洋をズド～ンと眺める崖の上のレストラン。
いや太平洋は <strong>  デカイ！</strong>

水平線を眺めながらの時間、二人でゆっくりお話しさせて頂くのは多分初めて。直観というインスピレーションを羅針盤に生きている、まさにそんな人。そして彼女の魅力は何といっても物事への決断と人との関わり方がいつも全力投球なコト。

「うん、こういう事なんだろうな…」と一人“ボランティア”の意味に頷く。


　　　　　　　　　　～　～　～　～　～


夜、文化講座でいつもお世話になってる梅沢由香里さんとご飯する。
彼女が今頑張っているのは囲碁普及プロジェクトの<a href="http://www.igoamigo.com/index.php"><strong>“IGO AMIGO”</strong></a>。
出会った頃、個人単位でやっていた活動が大きく花開いてきている。
<img alt="L-img423.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/L-img423.jpg" width="315" height="450" />


オモシロソウなイベント。
ボランティアで集った棋士や仲間でこれほどまでのイベントをよくぞ創り上げたもんだ。

<img alt="L-img422.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/L-img422.jpg" width="318" height="450" />


話をしていて感じたのは彼女の囲碁を楽しんでくれている人達への愛情とそこへ注ぐ情熱と決意。
「俺も世界で囲碁普及がんばってるよ！」とおにぎり隊で行った先でいい加減な囲碁を伝えている自分を恥ずかしげもなく少しアピール。


ボランティア・・・
タイトルの語源を思い出しながら、「やっぱ、きっとこういう事なんだろうな…」 と思案しながらの帰り道、ふと気が付くと帰る方向とは別の電車のホーム上に立っていた。

『我ここに立つ…』 少し自虐的に呟いてみるのだった。




]]></description>
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         <pubDate>Fri, 26 Sep 2008 04:01:47 +0900</pubDate>
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         <title>ダイエット税導入すべし！</title>
         <description><![CDATA[スーパーの陳列棚にマツタケの姿を発見。秋の気配が突然と現れた。
そういえば今年の夏は結局海に行かずだった。一生のうちにせいぜい夏は80回ほどしか来ないのに…あぁ、もったいない、もったいない。
 （とか言いながら、ほんとはそれほど海に執着してるわけでもない自分。。）

そんな夏の終わりの空を車窓に映しながら、電車のつり革に手をかけ中吊り広告を眺める。目に入ってくる雑誌の広告、“ダイエット特集”だ。
何故だか無性に腹が立ってくる。なんでだろう？ 別のグルメ記事にもどことなく違和感を感じる。


先日見たニュースを思い出す。  <strong>『 アフガニスタンで500万人が飢餓状態 』</strong>
アフガンだけじゃあない。食うものがなく喘いでいる人が大勢居るのに、“食べ過ぎて太ったからダイエット！”だと？ 随分とふざけてるなぁ～。

 腹の立つ理由はこういうことだ。
別に太っていることにどうこう言っているのではない。ガリガリ君もいてデブもいて世の中だ。
ただ、太ったのが嫌だからダイエット？ 
う～む、それって形を変えた<strong>『食べ残し』</strong>だろう。
自分一人の胃袋と舌先三寸の満足を得る為だけに、食べたいだけ食べて飲みたいだけ飲んで。その挙句のダイエット。泣ける、泣けてくるよ日本人。
デブならデブのまま誇りを持ってそのまま行け！と言いたい。

これらの記事の中のどこに食べ物に対するリスペクトがあるのだろう。
食材となった生命への畏怖の念のかけらもない記事達。
暫し思案する。必要以上に食べ過ぎてダイエットするもったいない人達が世界の食糧問題解決への貢献をする方法とか・・・

一つのアプローチとして、財源確保にダイエット税を提案したい。
これにより、無駄な飲食へのブレーキと過剰摂取防止による食料自給率のアップへ。
それでも己の満足を得たい人は食べたいだけ食べて、ダイエット税を払いながらダイエット。戦争などでいわれなき困窮に苦しむ人々への援助の財源を作って頂く。


<strong>『 いいかも・・・』</strong>


そんな事を呟きつつ家路につく。
そしてTVをつけるとそこには 『ギャル○○』 とかいう女の子の大食い番組をやっている。なんだか滅茶苦茶食べまくっている。とんかつにラーメンにカレーにケーキに・・・
<strong>カ～ッ！</strong>　こいつにも！いやこんな番組を作っているTV局にも！ いや、こんな番組のスポンサーになっている企業にもスペシャルな税金を！

こんな憤りの夏の終わりのひと時を過ごしつつ、
“世界の人たちとおにぎり一個でどれだけハッピーな時間と空間が作れることか…”
そんな事を思い、来るエストニアの準備に心切り替えて向かうのであった。

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         <link>http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/2008/09/post_18.html</link>
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         <pubDate>Wed, 03 Sep 2008 00:07:40 +0900</pubDate>
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         <title>笑顔Switch</title>
         <description><![CDATA[今日はおにぎり隊HPチームのMeetingの日。
夜、各メンバー（と言っても今回は3人）それぞれが仕事を終え終結した。


今回は品川のとある素敵な夜景の見える <strong>“まりネエ”</strong> という素敵なそして不思議な女性のご自宅を会場とした。このまりネエ、何が不思議かというと、人に対する引力。 故郷の広島から東京へ出てきてまだ一年半程だが彼女のこの空間へ既に2･3千人は訪れているだろう。彼女が醸し出す<strong>“居心地のイイ～”</strong>空間に様々な世界の人達がはまっている訳だ。俺もその一人。
「お腹空いたぁ」の一声に「はいはい♪」と最高の笑顔と共においしいご飯を作ってくれる。その笑顔っていうのが、それまでの彼女の人生の歴史の厚みを感じさせてくれる、こう言っちゃあ失礼かもしれないけど、深みのある笑顔なのだ。（別に彼女は高齢者ではありません。念の為。あぁ、叱られそう…）
この笑顔に触れる度、俺も自然と顔の筋肉が弛緩してほわ～っと笑顔になる。


さて、今回のMeeting.
おにぎり隊HPリーダーは智ちゃん。夏をこよなく愛する女性。この季節彼女に土日のアポを入れるのは「一緒に海に行こうよ。」という誘い文句以外は不可能だ。海のない季節、つまり冬は「何をしていたのか殆んど記憶がないんです…」というほど <strong>“人生、夏しかない”</strong> 女性なのだ。彼女に海の話しを仕掛けるととたんに顔が溶け始め、<strong>How old are you?</strong> 　と聞きたくなる程のあどけない表情になってしまう。
そんな彼女の笑顔を見ながら一緒にモンゴル遠征へ行った時の事を思い出した。草花も大好きな彼女。バスで長距離移動している道中、大草原の中数時間おきにトイレ休憩をとった。各自が草むらへとトイレットペーパー片手に突き進んでいく中、ふと見ると直ぐ近くでしゃがみこんでいる女の子がいる。「あ～、こんな所だと見えるぞ～」　声を掛けようかと思っていると、じ～っと野に咲いている名も知らない花を見ている。満面の笑顔で。それが智ちゃんだった。


もう一人のHPメンバーが中子さん。
彼女は秋葉原でメイドさん達とエコを切り口に<strong>町おこし</strong>をやっていたり、自分でインターネットラジオの動画チャンネル（<a href="http://nakako.cocolog-nifty.com/">ナカコ姐さんの裏事情</a>）という番組創ってたりスタジオ経営をしていたりする不思議形な女性。超バリバリのメカマニアというかいつもバックの中に不思議なモバイル系の秘密道具がひしめいている。（睡眠時間は推定75分/日。しかしいつも元気。）
かと言って変なマニア形オタクでもなく、オモシロイのがご両親が共に神主の家系（しかも超大御所の神社の）という<strong>超日本ど真中</strong>のバックグラウンドも持っている。
だから神社好きの俺としても（勝手に）共鳴している。
ホントおにぎり隊に集まってくる人は不思議系キャラが多い…。
彼女の目が一番輝くのは <strong>“納豆”</strong>。 毎日納豆を食べているのはもちろん！のコト（彼女にとっては当たり前らしい）、様々な納豆の食べ方をマスターしている。今日この日もまりネエが出してくれた料理に何かをオアゲでくるんだ一品があった。パクッ！っと一口かぶりついた瞬間、いつもカッっと見開いているパッチリした目が更に1.5倍になった。 直後、<strong>「わぁ～納豆だぁぁ～」</strong>！！とシャウトしていた。


人の顔が一瞬にしてパッっと明るくなる。そんあ瞬間に出会えるってイイモンだ。

そんなこんなで、実際の作業責任者の丸さんが来れなかったので、各自の宿題の確認と今後のHPチームの作戦会議をして終了した。次回のMeetingでは今回来れなかった丸さんの笑顔のスウィッチがなんなのかを再度チェックしようというのが新たな俺の宿題に加わった。（可愛い女の子を見るとパッと表情が変わるのは知っているんだけど・・・）


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         <link>http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/2008/08/switch.html</link>
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         <pubDate>Thu, 07 Aug 2008 00:21:19 +0900</pubDate>
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         <title>故郷は遠くにありて想うもの…　いや時々帰ろう</title>
         <description><![CDATA[瀬戸内海に面した故郷：倉敷に夏休みと称して帰ってきた。空港から倉敷の町まで出て、そこに両親が迎えに来てくれた。　<strong>「 お帰り 」</strong> なんてことないいつもの台詞だけど、<strong>「 ただいま 」</strong>とちょっと照れくさそうに返す。
何歳になっても親は親、子は子だ。

この倉敷の町は大原孫三郎というかつて紡績で財をなした人が文化を守るため私財を投じて情緒ある昔ながらの風情を残した町だ。ブリジストン美術館と並んで日本で最も古い美術館である大原美術館もこの町並みの中にある。久しぶりに母と妻と2歳の娘をつれて入ってみた。

エル・グレコの受胎告知をはじめ、ピカソ、モネなどの作品と共に日本の美術界に大きな影響を与えた日本人画家の作品が並ぶ。分かったような振りをしながら、ふむふむと絵を愛でる。2歳の娘も同じく絵を見ながら何度もうなづいている。
中庭に出るとモネが睡蓮の絵を描いた場所から譲り受けてきたといわれる睡蓮が水路にたくさん咲いていた。またも、ふむふむと眺めていると後から、「あの花を見てください。今日咲いたんですよ。これまでで初めてですこんな花。」と工芸館の所長さんらしき人が話しかけてきた。
指さされた方を見ると<strong>「おぉ。」</strong> 白と赤の二色になっている花が浮かんでいた。こんな花はすごく珍しいらしい。

　　　　　　　<img alt="200808021238000.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/200808021238000.jpg" width="352" height="288" />

いいものを見た。ラッキーだ。
手を引いている娘もまたなんども頭を前後にシェイクしながらふむふむと見入っていた。“分かってんのか？”　
「綺麗だねぇ、珍しい花なんだよ。」とこちらも分かったような風に説明する。


そんな感じで、美術館の中を更に進む。
ふと娘が一枚の絵の前で俺の袖を引っ張りながら、「 お父ちゃんだ。お父ちゃんがいるよぉ。」と指を指す。シャガールの描いた一人の男性の絵が目に入ってきた。
『むむっ！』と覗き込む。 娘は更に追い討ちをかけるように、「これ、お父ちゃんだよ～」と連呼する。

　　　　　　<img alt="200808021147000.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/200808021147000.jpg" width="294" height="357" />

「に、似ている。…かも。」
でも俺はこんな派手なジャケットは着ないよ。と意味不明な弁解をしながら娘の手をひっぱりながら退散したのであった。
子供は色んなことがよ～く分かっているみたいだ。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 06 Aug 2008 23:54:32 +0900</pubDate>
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         <title>ズレた駆け引き</title>
         <description><![CDATA[家から横浜駅までの道すがら、いつも気になってチラッと覗き込む一軒の店がある。
１５年前横浜に引っ越してきたばかりの頃一度だけ入った事があるが、それっきりになっているお店だ。


通りに面した店構えはちょっと洋風という感じのイタリアンを出すレストラン。小さな店内にはガラス越しにいつも暇そうに新聞を手に読みふけるマスターらしきおじさんの姿が見える。時にボーっと壁に掛けられたTVを見上げている。「なんとも危機感のない店だなぁ…」と余計なお世話なコメントをしつつ店の前を通過する。

そんなやる気のない店だけに、もちろんお客さんは少ない。たまに数名入っていると<strong>「おっ！」</strong>と人ゴトながら反応してしまう。
この店、何が面白いのかというと入り口の前に掲げた<strong>“ランチ”の価格</strong>。これがしょっちゅう乱高下するのだ。

時に“９８０円”と掲げていたランチのボードが客が暫く入らないと急に“６５０円”と下がってみたり、それでも客足が変わらないと更に値下げを断行する。いつも前を通る俺をまるで為替のディーラーの様に「おっ！」とか「あ～ぁ…」とか言わせ一喜一憂させている。これまでで最高（いや最低）価格は<strong>“ランチ：３５０円！”</strong>。こんなんでやっていけるのか！大丈夫か！おやじさん！TV眺めている場合じゃないんじゃないのか！と突っ込まざるをえない日々。

かと思うと、やはりこれではやっていけないと思い直すのか、暫くするとまた５８０円とかに値上がりしていたりもする。人の心理が手に取るように分かる価格の変動だ。


客が来ない原因はハッキリしている。“接客態度の悪さ”と“料理の不味さ”だ。
どんなに価格でお客に駆け引きしても、そんなことではどうにもならない。そんな傍から見たら当たり前に思える事が当事者って意外と見えないもんだ。こういうのを囲碁から来た言葉で“岡目八目”って言うんだよな。

そんなこんなで、いつもの通り道での個人的密かなエンターテイメントなランチ価格。今日通りかかるとそこには、
　　　　　　　　　　　<strong>　= 牛すじカレー　￥３３０ =</strong> 　とあった。


ただただ、あとは応援あるのみだ・・・
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         <pubDate>Sun, 20 Jul 2008 11:37:14 +0900</pubDate>
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         <title>千年越しの恋物語</title>
         <description><![CDATA[先日京都の閑臥庵というお寺で「夜噺の茶会」というお茶会に参加してきた。夜から深夜にかけてゆるゆると過すなんともいえない贅沢なお茶会だった。穴太積（あのうづみ）の石垣や青海波模様の白いじゃりで飾られた庭を見ながら緩やかだがどこかスッっとした気持ちの良い緊張感もある空間。
帰り際「どうぞ…」と梶（かじ）の葉を頂いた。お茶席でも表現していた日本古来からある七夕の風習だ。

『 <strong>乞巧奠</strong> 』（きっこうてん）という七夕の古来からの祀り方。
角盥（つのだらい）という平安時代に使われていた盥に水を張り、天の川をそこに映す。朱墨で願い事を書いた梶の葉を浮かべるのだという。これが江戸時代に笹の葉に短冊を下げる風習へと変わり、現代まで続いているのだ。

以前、本でこの乞巧奠の風習を読んだ事があり、梶の葉を浮かべているのを見て思わず “日本ってホント素敵な国だな…”と、古の恋物語への日本人らしいお祭りに感心する。
何故、梶の葉なのか。これは彦星が天の川を渡るときその船の舵取りを誤らないように、無事織姫と会えますようにという願いを込めて“かじ”なんだな。

とは言え、今日７月７日の七夕は雨。
自宅で大き目のプレートに水を張り梶の葉を浮かべる。あいにく空に天の川は出ていないけど、遥か昔日本人が願いを込めた彦星と織姫の物語に妻と２歳の娘と一緒に想いを馳せました。


我が娘は訳分からず「たなばた　タナバタ　たなぼたぁ？葉っぱさん 変だねぇ…」を連呼していた。

年に一度とは言え、平安時代から言うと千回以上会っている彦星と織姫の二人。２１世紀の現代、その逢瀬でどんな会話を交わしたのだろうか…

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         <link>http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/2008/07/post_15.html</link>
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         <pubDate>Mon, 07 Jul 2008 16:48:59 +0900</pubDate>
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         <title>母体復帰願望</title>
         <description><![CDATA[先日、屏風絵師：<a href="http://www.allanwest.jp/index.html">アラン・ウェスト</a>氏のアトリエでおにぎり隊文化講座が行われた。

一般にいう「日本画」というのは「西洋画」に対して付けられた名称であり、かつて江戸時代の頃は中国の「漢画」に対しての<strong>「大和絵」</strong>と呼ばれていたそうだ。
一口に日本画と言っているが知らないことだらけ。なるほど・・・とアランさんの話しに耳を傾ける。

このアランさんのアトリエは谷中の閑静なお寺街とも言える多くのお寺が密集している一角にある。絵を描くのに必要な光を取り込む為、一日中光の変化の少ない北に面した道路沿いに大きなガラス張りの空間。至る所に置いてある屏風や掛け軸。それらの絵に込められたものがアラン氏の説明により『おぉ～、なるほど！』とまた新たに絵を楽しむ視点となってゆく。本当にここは落ち着く素敵な空間。


今回はゲストにアランさんの希望もあって、某茶道のお家元にもお出まし頂いた。
落ち着く空間という事で、<strong>“茶室”</strong>の話になった時、こんな話をして頂いた。
元々、我々がもっている“侘・寂 （ワビ・サビ）”の世界は千利休の孫の宗旦が利休の世界観を説明するために編み出した言葉だそうだ。別の見方をするとこうだと思う。という話しが面白かった。

ギリシャ神話に出てくるエディプス王。父を殺し母と交わったあの王様の物語。
別の見方とは利休の茶室はエディプスコンプレックスより来る『母体復帰願望』だそうだ。ほ～っ！話を聞いていくとなるほど…と思えてきた。
父なる力には死を持ってしても対立し、母なる柔らかさを求め大切にする。かつて精神学者のフロイトが提唱したこのエディプスコンプレックス。利休の生き様を見ると確かに、太閤秀吉に対して死罪に書せられるかも知れないギリギリの挑発を繰り返している。権力に対する反発だ。現代に目を移してゆくと暴走族とかがそうかも知れない。なるほど警察とはめいいっぱい張り合っているくせに、マスコットガールの様な存在には滅法弱い。狭い車の中を飾り立てそこにいると落ち着くと言うのはナルホド、かの茶室にも通じるかも…。茶室は狭い路地を通ってにじり口という小さな入り口を身をかがめて入ってゆかねばならない。そして入った室内は薄暗く狭い。路地は産道でにじり口は子宮にあたる。こんなところが『あ～、落ち着きますねぇ・・・』なんて言っているのは確かに利休の目指した世界観を共有する者達なのかもしれない。
そんな話も雑談の中にまぎれていた。


そして、一昨日。アランさんからお誘いがあった。
『仲良くしている表具屋さんが新しく茶室を作ったから観に行くんですが一緒に行きませんか？』と。そして『先日のエディプスコンプレックスの話しを再確認したいんです。笑』と続けた。アランさんも結構あの解釈が腑に落ちたようだ。「ぜひぜひ～！」とご一緒させて頂いた。

大塚駅から徒歩数分の所にそれはあった。
さすが表具屋さんだけあって紙で出来た組み立て式の茶室だった。小さな窓が10面、萩で作った格子状のものから和紙で薄く漉いた窓など、狭い空間の中に中々オモシロイ趣向が沢山あった。
出して頂いたお茶を頂きながらアランさんと一緒に顔を見合わせながらこう囁き合った。

　　　　　　　　　　　　<strong>『あ～、落ち着きますねぇ･･･』</strong> と。


どうやら俺たち二人もエディプス王が心の奥底に棲んでいる様だ。

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         <pubDate>Wed, 02 Jul 2008 11:09:11 +0900</pubDate>
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         <title>久しぶりの道</title>
         <description><![CDATA[とある探し物をしに今日は浅草橋を歩いた。
この町をじっくり歩くのは10年ぶり位だろうか。今の時代からは一歩引いた感のある下町っぽさがあちらこちらで残っている。歩きながら色んな事を想い出していた。

仕事で独立したばかりの頃、イランから日本に来てペルシャ絨毯の卸業をスタートした友人がいた。彼の最初の事務所がこの町だった。音沙汰が無くなって随分と年月が経つが元気にしているんだろうか…。
時折会う彼と 「どう、調子は？」 と、その都度交わす挨拶。お互い独立したてで良い意味でライバル心と同志の様な感覚だった様に思う。彼の趣味は柔道。週2回の稽古にも熱心に通っていた。
いつも色んな意味で自信満々に見えた彼だったがある時、『柔道、ホントに好きなんだね。』の俺の質問にこう答えたのが今でも印象に残っている。
『柔道で汗流すと頭が真っ白になって、色々辛いことや嫌なことを忘れるんだ。』
　
異国から単身乗り込んできてビジネスをする。その事がどれだけ大変な事か。言葉の壁だけでなく色んな“常識”の壁もあっただろう。外国人というある種の壁も感じたんじゃあないだろうか。僅かだったけどこの時交わした会話から、彼の分かり合えない溶け込みきれないもどかしさをあの時感じた。

“まぁ、日本人同士でもそうだからなぁ…” と、現在に気持ちを戻し、人と人とのコミュニケーションの狭間に潜む不思議と妙味に異文化交流を推し進める我が身を省みつつ、線路沿いの煤けた店と新しい店がモザイク状に連なっている道を更に進んだ。
　
「おっ、こんな所に。」 ふと立ち止まる。＝<strong>モンゴル Town</strong>＝の看板。
どうも癖でおにぎり隊で行った国には思い入れが強くなっている。何をやっているお店なのか？つい<strong>“close”</strong>のプレートにも関わらずドアを開け店の中をそ～っと覗く。誰も居ない、、が奥で人の気配はする。
小さな小学校で使うような机と椅子が１揃いだけ狭い店の端に置かれ、壁には怪しげなモンゴルらしい人形やオブジェ、そして写真がいっぱい掛けてある。天井にはゲルの天井のパーツらしき色鮮やかな車輪状のものが吊るされてあった。
「う～ん、分からん」とまたドアをそっと閉め久しぶりのモンゴルの香りのする店を後にする。

そんなこんなで更に歩いていると美味しそうなコーヒー屋を見つけた。入ってみると雰囲気は良いが誰も客がいない。貸切である。ホットを一杯注文して、パラパラと本を読んでいたら店のマスターが人懐っこい顔して話しかけてくるのでたわいのない会話をする。まるで久しぶりのお客さんだったかの様な嬉しそうな表情。なんだかこの町は少し時間の流れが違う。“やぁ、ひさしぶり～！”的な感情や場面が次々と出てくる。
そんなコトを感じつつ、探し物も結局見つからず、『ま、いいか…』 と浅草橋を後にした。

そして自宅に到着。メールをチェックすると、
<strong>『 ご無沙汰しています 』</strong>  と仕事でボストンに一年余り行っていたおにぎり隊員から帰国のメールが。
「おぉ、久しぶりだなぁ・・・」と嬉しくなって笑みがこぼれる。
そして今日という“久しぶり”がテーマな一日に自宅で入れたコーヒーで一人乾杯をするのであった。


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         <pubDate>Thu, 19 Jun 2008 21:24:12 +0900</pubDate>
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         <title>時間旅行のススメ</title>
         <description><![CDATA[かつての自分と向き合う事の出来る瞬間って言うのがある。
どんな時か。

21歳の時にアメリカのバーモントに少し留学していた時のこと。日本から飛行機を乗り継ぎ学校へ着いた次の日、最初のオリエンテーションの時のこと、『こんな田舎の大学には日本人はいないだろうな…』と思いドップリと留学生活を味わおうと意気込んでいたらいきなり後の席から声を掛けられた。 <strong>『ねぇねぇ、日本人？』</strong>　
<strong>えっ？</strong>と思い振り向いたら日本人の女の子が満面の笑みで座っていた。
“が～ん！”日本人は居ないだろうと思っていたのに、よりによって最初に話す子が日本人だとは…。トホホホ、と思いつつ、『どうも…』と握手する。

“玄さん” というおじさんの様なニックネームを持つその友人と昨日久しぶりに会った。
彼女の家に遊びに行くのは15年ぶりだ。料理の先生をしているお母さんの滅茶苦茶美味しいローストポークを頂きながら昔話しに花が咲く。今はアメリカ人のご主人と二人の男の子（超元気！）のお母さんになっている彼女、あの時と同じ幸せ満点の笑顔だった。今回もつかの間の日本での休日だそうだ。
当時21歳の俺、彼女の口から出る昔話の中から 『そうかぁ、俺って昔はそうだったよなぁ…』 とその時の自分を見せられたような気がした。
そんな事を思っていたらふいに、『でも、勲ちゃんってホント変ってないね。』 の一言。
喜んでいいのか残念がっていいのか決めかねつつ、『 ･･･ そだね 』。


そしてその夜、おにぎり隊国内イベントMeetingで江部さん主宰の日々輝塾塾生の稲垣君が提案してくれたおにぎり隊とのコラボレーション企画について色々議論した。青森の<strong>佐藤初女</strong>さんがされている<strong>『森のイスキア』</strong>での企画の話しだ。初女さんと縁の深い荒川さんも加わってくれた。
副実行委員長の江部さんと円番長とナカコ姐さんのメンバー。イベントの趣旨や内容について話をしていたのだが、いつしか彼・稲垣君に向けて『ねぇ、どんな女性が好きなの？』と話のベクトルが変わっていった。
若者独特の照れと内側に悶々と秘めたるものを引き出そうとオジサンとお姉様の質問攻勢。最後は<strong>『あ゛～、頭が胸がつっかえる～っ』</strong>という言葉を聞いて満足げに “おにぎり隊オトナ会”のメンバーは微笑み、意味有り気に頷くのであった。


・・・そうだなぁ、かつての俺もこんな所もあったよなぁ。と微笑ましく思いながらも新たな質問を彼に浴びせるのであった。若いって素晴しい・・・！]]></description>
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         <pubDate>Fri, 09 May 2008 15:46:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>歌うと分かるその国らしさ</title>
         <description><![CDATA[オリンピックが近づいている。
毎回TVを通じて色んな競技を見ている訳だけど、やはり表彰台に上がる選手とバックに流れる国歌を聴くとなぜか<strong>“じ～ん”</strong>としてしまう。

この国歌ってやつ、なかなかオモシロい。
その国の<strong>『らしさ』</strong>ってやつが何となく分かるのだ。それはその歌を作った時、その国の民族・宗教・歴史…等、様々なものを創り手が内包していったからだと思う。
ちょっと世界の国歌の歌詞を見てみよう。まずはお隣の国から。
　
　　
<strong>大韓民国</strong>
東海の水と白頭山が枯れるまで　　神が保佑して下さる　　私たちの国、万歳。
コーラス：
槿の三千里、華麗な江山、大韓人よ、大韓で長く保全しよう。
南山の上のあの松　　鉄甲を巻いたように　　風霜にも不変な　　私たちの気像。
　　
　
<strong>朝鮮民主主義人民共和国</strong>
朝をこの土地の銀と金の上で光らせよ、自然の富でぎっしり詰められた三千の同盟。　　私の美しい祖国。　　賢い人々の栄光　　光り輝く文化の中で育てられた　　五千年の歴史とともに。　　私たちの体と心を捧げよう　　この朝鮮を永遠に支えるために。
　　
　
次にイスラムの大御所、

<strong>サウジアラビア王国</strong>
栄光と至高へ急げ!　　天国の創造者を賛美せよ　　そして緑のはためく旗を掲げよ、光の象徴を運びながら!　　繰り返せ―神は最も偉大だ!　　おお、私の国、私の国よ、あなたが常に生きんことを、すべてのムスリムたちの栄光!　　王が長く生きんことを、旗と国のために!
　　
　
複雑な歴史を持つ国、

<strong>イスラエル国</strong>
心の中ではあるが　内心でユダヤ人の魂が切望する、東の展望に向かって　東方へ　　目がシオンの方を見る。　　それはまだ失われていない、私たちの希望、二千年の希望だ、　　
私たちの土地で、シオンとエルサレムの土地で、自由な人々になること。
私たちの土地で、シオンとエルサレムの土地で、自由な人々になること。
　
　　
まさにオリンピックで騒がれている国、

<strong>中華人民共和国</strong>
立ち上がれ! 奴隷になりたくない人々よ!   私たちの血と肉で、私たちの新しい長城を築き上げよう!   中華民族は最大の危機に直面する。各々から行動のための緊急の呼び声が出てくる。   立ち上がれ! 立ち上がれ! 立ち上がれ!   私たちは万人が一心となって、敵の砲火に立ち向かい、前進せよ!   敵の砲火に立ち向かい。前進せよ!   前進せよ! 前進せよ! 進め!
　
　　
かつての大帝国・女王様が率いる国、

<strong>グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国 （英国）</strong>
神が私たちの慈悲深い女王を守らんことを、私たちの高貴な女王が長く生きんことを、
神が女王を守らんことを　　彼女に勝利を送れ、幸福で栄光ある、長く私たちの上の統治へ、神が女王を守らんことを!　　
おお主なる神よ、立ち上がれ、私たちの敵を追い散らし、
彼らを倒せ!　　彼らの悪辣な企みを失敗させ、彼らの政治を混乱させよ、あなたの上に私たちの希望を私たちは据える、神が女王を守らんことを!
　　
　
現在経済・軍事共に最強の国、

<strong>アメリカ合衆国</strong>
おお、あなたは見ることができるか、夜明けの早い光によって、あんなにも誇らしく、私たちが黄昏の最後の輝きで歓呼して迎えたものを?　　誰の広い縞と明るい星が、危険な戦いを通して、私たちが見た城壁の向こうに、あんなにも雄々しく翻っていたか?　　そしてのろしの赤い眩しい光、空中で炸裂する爆弾が、私たちの旗がまだそこにあるという証拠を夜を通して与えた。　　おお、その星条旗はまだ翻っているか、自由の土地と勇者の故郷の上に?
　
　

そしてわが祖国、

<strong>日本国</strong>
君が代は  
千代に八千代に  
さざれ石の
いわおとなりて
苔のむすまで
　
　
　
なるほど…。
やっぱり俺は日本人だな。　と改めて思うのであった。
]]></description>
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         <category></category>
         <pubDate>Thu, 08 May 2008 23:54:27 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>隊員達との想い出（チベット編２）</title>
         <description><![CDATA[絵本を片手にチベット亡命政府のあるダラムサラに赴いたのは2001年の初冬、山肌に張り付くように作られたその町にダライ・ラマ法王始め亡命してきたチベットの人達が10万人以上棲んでいる。
ニューデリーからバスに揺られゆられて事約12時間。『おぉ～っ着いた着いたぁ！』総勢37名、皆この地を踏むのは初めてだ。到着早々、情報外務省の方々が出迎えてくれた。『タシデレー（こんにちは）』と挨拶を交わす。

想い出の中に生きる出会った人々を書き出すと切りが無いくらい一つ一つが印象的だったけど、あえて幾つか挙げるとする。
チベット仏教・カーギュ派最高指導者：<strong>"カルマパ17世”</strong>。 我々が赴いた一年ほど前に中国から亡命してきたばかりだった。
謁見するのに随分厳しい検査があったが、一般謁見と異なって特別に30分話をさせて頂く事が出来た。ここ<strong>ギュトー寺</strong>にはチベット独特の静寂があった。

<img alt="m-ギュトー寺.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/m-%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%83%88%E3%83%BC%E5%AF%BA.jpg" width="350" height="262" />

『なんだこの眼光と肝っ玉の据わった少年は…』
印象に残ったのは15歳とは思えない落ち着いた振る舞いと慎重に言葉を選びながら話す姿勢。『同世代の日本の若者に何かメッセージを。』 の問い掛けに彼、カルマパ17世が応えた言葉が今でも記憶に残っている。 <strong>『私はまだ若く勉強中の身なのでメッセージを申し上げる立場にはないのですが、言えることは若い世代がこれから世界で重要な役を担っていくという事です。より良い世界、世界の平和の為に若い人は勉強してゆかなければならないと思います。』</strong>
チベット人民とチベット仏教をこの15歳の彼が世界平和への祈念と共に背負っているのだと思うと、その役割の重さと大いなる因縁に深い敬意の念を持った。かつて日本も14歳で元服したんだよな。大人になるって事はやはり環境や立場が大きく関わってくるんだな…。そんなコトを思いつつ静寂に包まれたそのお寺を後にしました。

あれ？隊員達との想い出じゃなかったっけ？　それは次回また・・・]]></description>
         <link>http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/2008/05/post_9.html</link>
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         <pubDate>Wed, 07 May 2008 12:56:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>隊員達との想い出（チベット編１）</title>
         <description><![CDATA[TVを見ている時、新聞を読んでいる時、世界の中で起こっているそれぞれのNEWSからふと想い出す顔々がある。思えばこのおにぎりプロジェクトを通じて色～んな人と出会ってきたもんだ…


最近、チベット問題でオリンピックの聖火ランナーの事が連日TVで採り上げられている。ふと、おにぎり隊チベットプロジェクトで出会った懐かしい顔やフラッシュバックされる幾つもの場面が浮かぶ。
２００１年、第２回交流遠征の時に赴いたインド・ダラムサラ。ここはダライ・ラマ法王が１９５９年に亡命して以来チベット亡命政府が置かれている場所。今でも中国からの亡命者が毎年流れ込んで来ている。

<img alt="m-chinamap1.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/m-chinamap1.jpg" width="400" height="320" />

当時NYで起業し一緒に事業をしていた友人の古田秘馬くんからの一本の電話がチベットプロジェクトの始まりだった。
『NYで活躍している画家の<a href="http://www.rimafujita.com/">藤田理麻</a>さんがチベットの子供達の為の民話を絵本にしたいと言っているんだ。』　なんとなく、『ほい、いいよ。』 と出版に向けてのお手伝いとなった。
理麻さんが帰国した時早速お会いして彼女のチベットの子供達への熱い想いを聞かせて頂いた。その時初めてそれまで漠然としか知らなかったチベットの現状を知らされ、『よし、やろう！』と。 ここから絵本作成へのドタバタ劇が始まった。
そんなタイミングだった。おにぎり隊初代実行委員長の久保田さんと出会ったのは。

<strong>『 日本おにぎり隊 って言うのをやっているんだ。』</strong> 彼の一声に「おぉ、オモシロそう。俺も一緒にやるよ！」と反射的に答えていた。
そこで思いついた。“単に絵本を作ってダラムサラやネパールなどの亡命孤児の所へ送るだけではなく、直接持って行って手渡したい。” という事で、おにぎり隊で絵本を持って行くことになった。

<img alt="5150A58YK6L._SL500_BO2,204,203,200_PIsitb-dp-500-arrow,TopRight,45,-64_OU09_AA240_SH20_.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/5150A58YK6L._SL500_BO2%2C204%2C203%2C200_PIsitb-dp-500-arrow%2CTopRight%2C45%2C-64_OU09_AA240_SH20_.jpg" width="240" height="240" />

これがその絵本です。
我々が「桃太郎」や「浦島太郎」とか子供の頃から慣れ親しんでいる童話。誰しもあまりにも当たり前の様に物心ついた頃からあった物語をチベットの子供達へも伝え残してあげたい。という作者の想いが詰まった絵本が完成した。色んなハプニングがあり、仕上がったのは出版パーティー前日のコトだった。笑　]]></description>
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         <pubDate>Mon, 05 May 2008 14:53:06 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>見知らぬもの同士の恋</title>
         <description><![CDATA[そんな、見ず知らずの男女が相手の顔も見ずに勝手に惹かれ合って恋をして、結ばれていくなんて・・・
なんて破廉！というか、勇気のある行為！というか、、、


というのはこれ、虫の世界のお話し。
<strong>『蓑虫』</strong>をご存知だろうか。ミノガ科の蛾の幼虫で、秋口に入ると木の枝や軒先からぶら下がっているのをよく見るあれである。先日木の枝にぶら下がっているのを見つけ、なんとなくこの虫：『蓑蛾』について調べてみた。
藁（わら）で作る雨具：蓑（みの）に形が似ているコトから付いたこの名前の虫、子供の頃中に何が入っているのだろう、と取ってきては中を穿り返していたのを思い出す。

この蓑虫、蛾になるのは雄（オス）だけで雌（メス）はそのまま蓑の中で一生を終える。夏近くなると羽化して、雄は雌のフェロモンに惹かれて飛来して雌と交尾する。この時雌はず～っと蓑の中にいて雄と顔を合わすことはないそうだ。
<img alt="0321minomusi2.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/0321minomusi2.jpg" width="250" height="249" />
顔も知らない相手と一瞬の刹那な恋に生きる彼等たち。
人間的な情緒で見ていると、互いの顔を見ずとも恋をして想いを交わしてゆく虫達の世界。なんとロマンチックな生き物なんだ！！と思えてくる・・・

<img alt="0519minomusiga.jpg" src="http://www.onigiritai.com/webmagazine/himatsubushi/images/0519minomusiga.jpg" width="250" height="249" />
～～～～ ↑～～～～
・・・う～む、ロマンチック？　]]></description>
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         <pubDate>Sun, 04 May 2008 02:17:47 +0900</pubDate>
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