エストニア遠征    4-13 October 2008
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Nippon Onigiri Peace Corps!

世界に友達を作る文化交流プロジェクト
  日本おにぎり隊 Nippon Onigiri Peace Corps.

テーマはシンプルに“友達をつくろう!”

一歩踏み出す事から見えてくる景色。そこに広がる未知なる土地と人々との出会い。
“知っているモノ”から“自分色のコト”へと世界を変えてゆくのが『おにぎり隊』。

2000年のエリトリア(アフリカ)に始まったプロジェクト、今年もスタートです。


隊長の暇潰し ~1年は31,536,000秒、死ぬまでには?~

実行委員長 那須 勲
6歳の時読んだ学習漫画「からだのひみつ」に触発され『医者になる!』と決意し、次に読んだ『うちゅうのひみつ』に影響され『宇宙飛行士にもなる!』と決意した。

そんな少年がいつしか髭を生やした宝石商となり世界を旅し、今では各国でおにぎりを握り、お茶なんかも点てている。
今という時をどれだけ楽しく生きてゆけるのか。
そんなコトだけ考えている男です。

最近のエントリー

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2008年10月24日

凸と凹

子供の頃から雨の日って好きじゃなかった。

「晴れ」あれば「雨」あり。「雨」があるから「晴れ」がある。 当たり前の事。
分かっちゃいるけど単純な俺はいつも晴れを期待する。そして晴れの日だけを記憶に留めておこうと努力する。傘も出来るだけささない。今、目の前の雨を見詰めつつも明日の晴れをイメージしてしまうのだ。自称『晴れ男』って結構そんな単純な奴等なのかもしれない。
『きっと明日は…』 そんな夢を見ちゃ悪いでしょうか。笑


そんな俺が何故か今日は雨降りの空を眺めながら、昔大切な人を亡くした時の涙、信じていたコトが崩れ去った時の辛さや13年一緒に暮らした愛犬を失った時の喪失感等々…想い出しています。

ひとつひとつの出来事に一生懸命やってきたつもりでも、どうしても「ああしてあげれば良かった…」という想いが残る。伝えきれなかった交わしきれなかった想いも残る。
禅問答をするつもりはないけれど、凸(でこ)は凹(ぼこ)を失って初めて自分の凸(でこ)さ加減に気が付くのだ。

そんな事をつらつらと思っていたら雨は上がっていた。
そう言えば今日も昼から御飯食べるの忘れている。ここんとこちょっとご飯忘却症だ。笑
ちょっと元気を補充に行ってこよう。


きっと明日は晴れ。   だと良いなぁ・・・


2008年10月20日

振りかえる時間旅行

記憶と同時に刻み込まれた様々な感情。
旅というのはワインのように時と共にその味わいが変化する不思議な非日常だ。

エストニア遠征の旅を終えて一週間が経った。
今回の遠征は8名と、過去最少人数での活動だったが、濃密度からいうと最もエスプレッソな遠征だった。5日間で6つのイベント。日本文化を伝えるというのを様々な局面から試みた面白い日々だった。


「風の民」としてその「土地の民」と交わる。そして新たな『風土』が築かれる。


タリンとタルトでの交流プログラムと最後に立ち寄った町ラクベレー。2万人ほどのこの小さな町で行われた相撲のワールドカップ。そしてその前段に行われた“日本文化週間”へ我々おにぎり隊は参加した。
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料理学校で日本の食文化を伝えた古川氏の講義&実演。受け入れて下さった市長はじめ関係者や大使館の人々の熱意がその表情から伺えた。助手として付いてくれた料理学校の学生達、これを機にいつの日か日本へ本格的に日本食を学びに来てくれると嬉しい。

スーパーマーケットでのおにぎりデモンストレーションと試食会。多くの町の人が通りがかりに立ち寄ってくれた。いつの日か日本食レストランがこの町に出来て、『 Tenpura kudasaai 』 なんて声がこだましていると嬉しい。

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Tonuさんというパフォーマンスぺインター&Frajileという即興音楽のユニットとおにぎり隊のコラボレーションプログラムでは篠笛奏者の金子さんの息を飲む演奏。
今回海外旅行が初めてとは思えない福田さんの着物の着付けパフォーマンス、そして観客を魅了した大矢さんの振袖姿。荒井さんの生け花、煎茶のお点前(これは僕と森さんで)、そして荒井さんの書の書き下ろし。
我々のパフォーマンスと江戸の浮世絵師:鈴木春信にインスピレーションを得て即興音楽と即興で絵を描き上げるというなんとも不思議なイベントだった。

個人的には、何故か番傘をさして花道(しっかりステージを作っていた)を大矢さんと歩かされたのが恥ずかしかった。
裏方で慣れない(というか初めてやる)水屋を務めてくれた前川さん、VTRを必死に回していた今回唯一の学生:耕太郎の活躍も光った。ホント、感謝です・・・。

終わった後、関係者の嬉しそうな笑顔が今回の交流パフォーマンスの成果を物語っていた。
夜はどこもレストランが閉まっていたので宴は買ってきたパンと少量のお惣菜で。質素だけど皆の「いやぁ、あの時は○○だったねぇ」 とか 「私は○○の時は緊張したわよ~」等々、ちびりちびり各自コーヒーやコーラを飲みながら達成感を分かち合った。こういう瞬間っていいもんだ。
この夜の想い出は色んな意味で忘れられないモノになった。


いつの日かこの町に篠笛の音が響いたり、町のどこかに書が掛っていたり、内掛けなんぞが家の中に飾ってあったりしたら、、ちょっと嬉しい。
というか実際そうなったらビックリするなぁ。笑


記憶というものは、その時その場面の動画ではなくて、フラッシュで蘇る瞬間の映像なんだそうだ。俺はこのエストニアでの瞬間をどんな時間軸に乗せてゆくのだろう。
時間旅行。 来月、一年後、五年後…、その時々で蘇る映像にどんな心の風土が出来上がっているのか。また改めて振りかえる時が楽しみなところだ。

俺のエストニアでの記憶はまだ心の中の醸造所へ入ったばかり・・・

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