母体復帰願望
先日、屏風絵師:アラン・ウェスト氏のアトリエでおにぎり隊文化講座が行われた。
一般にいう「日本画」というのは「西洋画」に対して付けられた名称であり、かつて江戸時代の頃は中国の「漢画」に対しての「大和絵」と呼ばれていたそうだ。
一口に日本画と言っているが知らないことだらけ。なるほど・・・とアランさんの話しに耳を傾ける。
このアランさんのアトリエは谷中の閑静なお寺街とも言える多くのお寺が密集している一角にある。絵を描くのに必要な光を取り込む為、一日中光の変化の少ない北に面した道路沿いに大きなガラス張りの空間。至る所に置いてある屏風や掛け軸。それらの絵に込められたものがアラン氏の説明により『おぉ~、なるほど!』とまた新たに絵を楽しむ視点となってゆく。本当にここは落ち着く素敵な空間。
今回はゲストにアランさんの希望もあって、某茶道のお家元にもお出まし頂いた。
落ち着く空間という事で、“茶室”の話になった時、こんな話をして頂いた。
元々、我々がもっている“侘・寂 (ワビ・サビ)”の世界は千利休の孫の宗旦が利休の世界観を説明するために編み出した言葉だそうだ。別の見方をするとこうだと思う。という話しが面白かった。
ギリシャ神話に出てくるエディプス王。父を殺し母と交わったあの王様の物語。
別の見方とは利休の茶室はエディプスコンプレックスより来る『母体復帰願望』だそうだ。ほ~っ!話を聞いていくとなるほど…と思えてきた。
父なる力には死を持ってしても対立し、母なる柔らかさを求め大切にする。かつて精神学者のフロイトが提唱したこのエディプスコンプレックス。利休の生き様を見ると確かに、太閤秀吉に対して死罪に書せられるかも知れないギリギリの挑発を繰り返している。権力に対する反発だ。現代に目を移してゆくと暴走族とかがそうかも知れない。なるほど警察とはめいいっぱい張り合っているくせに、マスコットガールの様な存在には滅法弱い。狭い車の中を飾り立てそこにいると落ち着くと言うのはナルホド、かの茶室にも通じるかも…。茶室は狭い路地を通ってにじり口という小さな入り口を身をかがめて入ってゆかねばならない。そして入った室内は薄暗く狭い。路地は産道でにじり口は子宮にあたる。こんなところが『あ~、落ち着きますねぇ・・・』なんて言っているのは確かに利休の目指した世界観を共有する者達なのかもしれない。
そんな話も雑談の中にまぎれていた。
そして、一昨日。アランさんからお誘いがあった。
『仲良くしている表具屋さんが新しく茶室を作ったから観に行くんですが一緒に行きませんか?』と。そして『先日のエディプスコンプレックスの話しを再確認したいんです。笑』と続けた。アランさんも結構あの解釈が腑に落ちたようだ。「ぜひぜひ~!」とご一緒させて頂いた。
大塚駅から徒歩数分の所にそれはあった。
さすが表具屋さんだけあって紙で出来た組み立て式の茶室だった。小さな窓が10面、萩で作った格子状のものから和紙で薄く漉いた窓など、狭い空間の中に中々オモシロイ趣向が沢山あった。
出して頂いたお茶を頂きながらアランさんと一緒に顔を見合わせながらこう囁き合った。
『あ~、落ち着きますねぇ・・・』 と。
どうやら俺たち二人もエディプス王が心の奥底に棲んでいる様だ。


