エストニア遠征    4-13 October 2008
>>詳細はこちら

Nippon Onigiri Peace Corps!

世界に友達を作る文化交流プロジェクト
  日本おにぎり隊 Nippon Onigiri Peace Corps.

テーマはシンプルに“友達をつくろう!”

一歩踏み出す事から見えてくる景色。そこに広がる未知なる土地と人々との出会い。
“知っているモノ”から“自分色のコト”へと世界を変えてゆくのが『おにぎり隊』。

2000年のエリトリア(アフリカ)に始まったプロジェクト、今年もスタートです。


隊長の暇潰し ~1年は31,536,000秒、死ぬまでには?~

実行委員長 那須 勲
6歳の時読んだ学習漫画「からだのひみつ」に触発され『医者になる!』と決意し、次に読んだ『うちゅうのひみつ』に影響され『宇宙飛行士にもなる!』と決意した。

そんな少年がいつしか髭を生やした宝石商となり世界を旅し、今では各国でおにぎりを握り、お茶なんかも点てている。
今という時をどれだけ楽しく生きてゆけるのか。
そんなコトだけ考えている男です。

« 2008年03月 | メイン | 2008年05月 »

2008年04月22日

昭和の一コマ

人が何か大きな体験をする。その体験ってその時その場ではなかなか 「あれはこういう事だったんだな」なんてまとめることは出来ないもんだ。その出来事、受けとめる人によってその“まとめ”の時は違ってくる。

先日、とある映画を観に行ってきた。
おにぎりメンバーの中子さんから『那須さん、私の弟が出ているんです。もし良かったらどうぞ。』と渡されたその映画の分厚いBookとパンフ。タイトルを見ると “実録・連合赤軍 あさま山荘への道程” とあった。
m-img391.jpg
1960年代から70年代に掛けて日本全国に吹き荒れた学生運動と共産化活動。そこへ身を投じていった当時の若者達の実話だ。
『また、濃いぃのを誘ってくれるねぇ』 思わず笑。 そして、目を落としたそのBookからドンッとくる得体の知れない圧迫感ある時代のエネルギーを感じた。


映画館:テアトル新宿。 観に行ったのは雨降りの日だった。 感想は・・・ 
見る角度から色んなことが言えると思うけど、あの転換期ともいえる時代を今という時代から見て総括することのオモシロさ。といえば良いだろうか。
当時の若者のハチャメチャな情熱への憧憬と、そこへ身を投じてゆく選択への愚かさと胸クソ悪くなる苦々しい動き。

ふと、俺があの時代生まれていたらどうだっただろうか、、、と考える。
ss-200712210049228987.jpg
今回は、こんな感じで・・・

2008年04月13日

日常茶飯事

知人からのお誘いで静岡の掛川にあるお茶農園に行ってきた。
どうも最近静岡と縁がある。先月と今月とでもう4回、慣れてくるとホント気持ちの上でも近い場所になってくる。どんな近い場所でも行かない所って「遠い」もんだ。
200804121428000.jpg
花粉症の後遺症の中、ボ~ッとしながらも茶畑で色々説明をしてもらう。
いつも気になっていた茶畑の上でいっぱい回っている扇風機の様なもの。
あれは『防霜ファン』といって3・4月頃に降りてくる霜から茶葉を守るものだそうだ。無論『暴走fun』ではない。…失礼。
地上6~10mは地面より4度ほど気温が高いらしく、気温が下がってくると自動的にfanが回り始めて冷たい地表の空気とその上の暖かい空気を混ぜるって寸法だ。これで美味しい茶葉を育てることが出来る。永年の経験による知恵だ。茶の歴史を作ってこられた方々に敬礼。

この茶園の方は “愛・地球博” の時の地球市民村で茶畑を作った方。旨い冷茶を飲ませてくれた。あとは御馳走三昧にお酒の美味いものをいっぱい振舞ってくれた。普段余り飲まない俺も少々頂く。花粉症と良い感じの酔いがミックスして強烈な睡魔に襲われつつ、皆さんの農業の話しや都市活性化の話し、環境問題等…熱いTalkを聞く。
この国はホント大丈夫だな・・・。と改めて思った。

と同時にお茶って本当に面白いなぁと、つらつらと『茶』の付く言葉を思い出してみた。
『茶番劇』『お茶を濁す』『茶化す』『無茶苦茶』『お茶の子さいさい』『茶々を入れる』・・・っん?どうもあまりポジティブな感じがしない。何かいい感じの言葉はないか・・・。
そうそう!『茶柱が立つ』 があった。
でもこの言葉、調べてみると遊郭の言葉。暇にしている客を待つ遊女が飲んでいる湯飲み、覗き込むとそこには茶柱が立っている。『これはメデタイ!』となるそうだ。
そう、いわば茶柱は男根の象徴。客を待つ遊女にとっては縁起のいいサインだった。これが語源の様だ。

う~む、なんかもうちょっといい感じの『茶』の言葉はないもんか。 暫し考える。
200612%2F20%2F53%2Ff012265320080207175041%2Ejpg.jpg

こんな感じで・・・

2008年04月10日

またアニメから

「手塚治虫ってやっぱり凄い人だね。」 隣でせんべいをかじりながら妻が珍しく漫画の世界を語った。
何がどう凄いのか…。「なになに?」と聞き返す。

アニメの『鉄腕アトム』の監督のインタビューに立ち合った時、その監督が語った事なんだけど、故人:手塚治虫 氏はいつもこんな感じのことを言っていたそうだ。
「鉄腕アトムは確かに大ヒットした。そして様々なキャラクターを生み出してきた中でアトムは人気№1になった。でも私はアトムを失敗作だと思っている。」

・・・どういうことだろう?

「様々なロボットを登場させたが、どのロボットも正義と悪の狭間で揺れ動き人間と同じ様に悩んだりしながら成長したり消えていったりした。しかしアトムだけは最初から最後まで“正義”“善なるもの”として存在させてしまった。」 手塚氏はここに後悔を残していたんだそうだ。


「う~ん、さすがだね。」思わず俺も唸る。
TVのニュースを見ていても世界はいたる所で善か悪かの二元論での視点ばかり。
善か悪か。この切り口では直ぐに限界がくる。これを伝えたいことの一つとしてメッセンジャーにアトムを生み出した手塚氏自身の自己矛盾に彼の人間らしさを感じる。

そういえば高校時代、数学の先生が俺たちに向かって「世の中絶対ってコトは一切ないんだ。絶対に!」と突っ込みを入れたくなるような熱いトークをしていたな。あの先生、元気かな・・・

2008年04月09日

子供の方が分かっているんだろうな・・・

先日、仲良くさせてもらってるある大学野球の監督と二人でご飯を食べた。
日頃、指導者として選手達を引っ張っていっている彼。どんなメッセージを学生達に投げているんだろうか…。興味から聞いてみた。
要約してシンプルに言えば、『何を美しいと思うか』 『何を恥ずかしいと思うか』 『何を大切に思うか』 の三点。勝つこと以上にはるかに大事になことが沢山ある。トツトツと語る彼の言葉から「さすが日本一の監督だ…」と思った。

子供を持ってみて改めて大人として伝えるメッセージを考える。
そんな時、ふとアニメのアンパンマンの歌の歌詞を思い出した。あれって大人が聞いても意外とドキッとするもんだ。一見子供には難しい問いかけの様にも思えるが、いやいやなんの、意外と子供の方が分かっているのかもしれない…

~~~~ 以下 アンパンマンの歌詞です ~~~~


そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも

★なんのために 生まれて
★なにをして 生きるのか
★こたえられないなんて
★そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

★なにが君の しあわせ
★なにをして よろこぶ
★わからないまま おわる
★そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

★時は はやく すぎる
★光る星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため


作詞:やなせたかし 作曲:三木たかし 編曲:大谷和夫


アンパンマンの歌を聞きながら、おにぎり隊を、「なんでやるの?」 の問いかけはこの歌詞の中にある問いかけとかぶるな・・・と、ふと思った今日この頃です。

ちょっとだけ、クソ真面目にアンパンマンを眺めてみました。

2008年04月02日

じゃ、またな

“20代最後の思い出” にと、不意に思いついて1997年にアフリカを走るレース:パリ・ダカールラリーに出場した事がある。ありがたい事に10年経った今でも声がかかり、人前で話をさせて頂く機会が時々ある。(もちろん最後にはおにぎり隊の話へ繋げて話させて頂くのだが。笑)

準備の1年半とレースの16日間:8500Km。全ての出来事が始めての経験で、しかも強烈な記憶として今でも鮮明に俺の深い部分に刻まれている。体験談として話をしたいことは数多あるんだけど、10年という歳月を消化した上で改めて振り返り味わうことの出来る大事な思い出の一つが、『仲間との再会』。
完走率30~40%程、初出場の選手だと10%足らずしかゴールに帰ってこないこのレースに普段車に全く乗らない所謂ペーパードライバーの俺がゴールに辿り着く確立はきっと更に低かったことだろう。

素人ばかり集まったチーム。みんな個性の強い自分勝手な奴等ばかりだったけど、レースが始まると熱い結束が出来上がった。一日平均600km。スタート地点で握手と共に交わす『じゃ、またな』の言葉。ステージによっては数日メカニック等のサポートメンバーと会えないこともある。
早朝4時頃からスタートするも帰ってくるのはいつも深夜。ハードな一日のレースを無事終えてその日のビバーク地へと帰ってくる。砂漠の中に突如作られるビバーク地はまさに軍隊の駐屯地の様相を呈している。
疲労困憊の中、集結する各チームのマシン達の間を縫って走っていると真っ暗闇の中から聞き覚えのある声が。『帰ってきた~っ!』 主催者の発表するリタイアリストを時々見ながらも暗闇の中帰ってくるであろう俺の車のヘッドライトをジッと探してくれていたのだ。
『今日も生きて帰ってきたな』
『当ったり前よぉ』

そんな会話の中に僅か十数時間後の再会にえらく感動している自分に気がつく。仲間って良いもんだ・・・
m-img389.jpg


時は変わって先日のおにぎり隊ウォークラリー。
出発地点で炊き出し隊のメンバーがウォーキング組を見送ってくれた。そして交わす挨拶。『じゃ、またね』
20kmの道程。桜満開の東京の街をいつもとは違う目線でスピードでじっくりと抜けてゆく。
6時間後の再会では割烹着姿に変身、しゃもじ片手に満面の笑顔で出迎えてくれた。
『お疲れさま~
この一言がなんだかとても大切な瞬間に思えた。

再会を誓う一言の後に流れる時間が濃密であればあるほど再会というものはどんどん美しいものになってゆくもんなんだな…。先日のウォーキングからふと10年前の『じゃ、またな』をひとり含み笑いと共に想い出したのだった。

Copyright (C) 2000-2009 Nippon Onigiri Peace Corps. All Rights Reserved.
Powered by Movable Type