エストニア遠征    4-13 October 2008
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Nippon Onigiri Peace Corps!

世界に友達を作る文化交流プロジェクト
  日本おにぎり隊 Nippon Onigiri Peace Corps.

テーマはシンプルに“友達をつくろう!”

一歩踏み出す事から見えてくる景色。そこに広がる未知なる土地と人々との出会い。
“知っているモノ”から“自分色のコト”へと世界を変えてゆくのが『おにぎり隊』。

2000年のエリトリア(アフリカ)に始まったプロジェクト、今年もスタートです。


隊長の暇潰し ~1年は31,536,000秒、死ぬまでには?~

実行委員長 那須 勲
6歳の時読んだ学習漫画「からだのひみつ」に触発され『医者になる!』と決意し、次に読んだ『うちゅうのひみつ』に影響され『宇宙飛行士にもなる!』と決意した。

そんな少年がいつしか髭を生やした宝石商となり世界を旅し、今では各国でおにぎりを握り、お茶なんかも点てている。
今という時をどれだけ楽しく生きてゆけるのか。
そんなコトだけ考えている男です。

凸と凹

子供の頃から雨の日って好きじゃなかった。

「晴れ」あれば「雨」あり。「雨」があるから「晴れ」がある。 当たり前の事。
分かっちゃいるけど単純な俺はいつも晴れを期待する。そして晴れの日だけを記憶に留めておこうと努力する。傘も出来るだけささない。今、目の前の雨を見詰めつつも明日の晴れをイメージしてしまうのだ。自称『晴れ男』って結構そんな単純な奴等なのかもしれない。
『きっと明日は…』 そんな夢を見ちゃ悪いでしょうか。笑


そんな俺が何故か今日は雨降りの空を眺めながら、昔大切な人を亡くした時の涙、信じていたコトが崩れ去った時の辛さや13年一緒に暮らした愛犬を失った時の喪失感等々…想い出しています。

ひとつひとつの出来事に一生懸命やってきたつもりでも、どうしても「ああしてあげれば良かった…」という想いが残る。伝えきれなかった交わしきれなかった想いも残る。
禅問答をするつもりはないけれど、凸(でこ)は凹(ぼこ)を失って初めて自分の凸(でこ)さ加減に気が付くのだ。

そんな事をつらつらと思っていたら雨は上がっていた。
そう言えば今日も昼から御飯食べるの忘れている。ここんとこちょっとご飯忘却症だ。笑
ちょっと元気を補充に行ってこよう。


きっと明日は晴れ。   だと良いなぁ・・・


振りかえる時間旅行

記憶と同時に刻み込まれた様々な感情。
旅というのはワインのように時と共にその味わいが変化する不思議な非日常だ。

エストニア遠征の旅を終えて一週間が経った。
今回の遠征は8名と、過去最少人数での活動だったが、濃密度からいうと最もエスプレッソな遠征だった。5日間で6つのイベント。日本文化を伝えるというのを様々な局面から試みた面白い日々だった。


「風の民」としてその「土地の民」と交わる。そして新たな『風土』が築かれる。


タリンとタルトでの交流プログラムと最後に立ち寄った町ラクベレー。2万人ほどのこの小さな町で行われた相撲のワールドカップ。そしてその前段に行われた“日本文化週間”へ我々おにぎり隊は参加した。
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料理学校で日本の食文化を伝えた古川氏の講義&実演。受け入れて下さった市長はじめ関係者や大使館の人々の熱意がその表情から伺えた。助手として付いてくれた料理学校の学生達、これを機にいつの日か日本へ本格的に日本食を学びに来てくれると嬉しい。

スーパーマーケットでのおにぎりデモンストレーションと試食会。多くの町の人が通りがかりに立ち寄ってくれた。いつの日か日本食レストランがこの町に出来て、『 Tenpura kudasaai 』 なんて声がこだましていると嬉しい。

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Tonuさんというパフォーマンスぺインター&Frajileという即興音楽のユニットとおにぎり隊のコラボレーションプログラムでは篠笛奏者の金子さんの息を飲む演奏。
今回海外旅行が初めてとは思えない福田さんの着物の着付けパフォーマンス、そして観客を魅了した大矢さんの振袖姿。荒井さんの生け花、煎茶のお点前(これは僕と森さんで)、そして荒井さんの書の書き下ろし。
我々のパフォーマンスと江戸の浮世絵師:鈴木春信にインスピレーションを得て即興音楽と即興で絵を描き上げるというなんとも不思議なイベントだった。

個人的には、何故か番傘をさして花道(しっかりステージを作っていた)を大矢さんと歩かされたのが恥ずかしかった。
裏方で慣れない(というか初めてやる)水屋を務めてくれた前川さん、VTRを必死に回していた今回唯一の学生:耕太郎の活躍も光った。ホント、感謝です・・・。

終わった後、関係者の嬉しそうな笑顔が今回の交流パフォーマンスの成果を物語っていた。
夜はどこもレストランが閉まっていたので宴は買ってきたパンと少量のお惣菜で。質素だけど皆の「いやぁ、あの時は○○だったねぇ」 とか 「私は○○の時は緊張したわよ~」等々、ちびりちびり各自コーヒーやコーラを飲みながら達成感を分かち合った。こういう瞬間っていいもんだ。
この夜の想い出は色んな意味で忘れられないモノになった。


いつの日かこの町に篠笛の音が響いたり、町のどこかに書が掛っていたり、内掛けなんぞが家の中に飾ってあったりしたら、、ちょっと嬉しい。
というか実際そうなったらビックリするなぁ。笑


記憶というものは、その時その場面の動画ではなくて、フラッシュで蘇る瞬間の映像なんだそうだ。俺はこのエストニアでの瞬間をどんな時間軸に乗せてゆくのだろう。
時間旅行。 来月、一年後、五年後…、その時々で蘇る映像にどんな心の風土が出来上がっているのか。また改めて振りかえる時が楽しみなところだ。

俺のエストニアでの記憶はまだ心の中の醸造所へ入ったばかり・・・

我ここに立つ

『ボランティア』 の語源だそうだ。(昔、友人から聞いた。)

“自らの意志で事を起こす”という事だとおもうんだが、おにぎり隊をやっているとよく、「ボランティアですか、、偉いですね。」と言われる。毎度このセリフに「んっ?」と思う。何が偉いんだろうか…と。


今日はエストニア遠征メンバーの森さんに会いに静岡へ。
この方が気合いの一声をドカンッかけると人が1,000~2,000人は軽~く集まってくる。なんともパワフル。駿河湾、太平洋をズド~ンと眺める崖の上のレストラン。
いや太平洋は デカイ!

水平線を眺めながらの時間、二人でゆっくりお話しさせて頂くのは多分初めて。直観というインスピレーションを羅針盤に生きている、まさにそんな人。そして彼女の魅力は何といっても物事への決断と人との関わり方がいつも全力投球なコト。

「うん、こういう事なんだろうな…」と一人“ボランティア”の意味に頷く。


          ~ ~ ~ ~ ~


夜、文化講座でいつもお世話になってる梅沢由香里さんとご飯する。
彼女が今頑張っているのは囲碁普及プロジェクトの“IGO AMIGO”
出会った頃、個人単位でやっていた活動が大きく花開いてきている。
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オモシロソウなイベント。
ボランティアで集った棋士や仲間でこれほどまでのイベントをよくぞ創り上げたもんだ。

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話をしていて感じたのは彼女の囲碁を楽しんでくれている人達への愛情とそこへ注ぐ情熱と決意。
「俺も世界で囲碁普及がんばってるよ!」とおにぎり隊で行った先でいい加減な囲碁を伝えている自分を恥ずかしげもなく少しアピール。


ボランティア・・・
タイトルの語源を思い出しながら、「やっぱ、きっとこういう事なんだろうな…」 と思案しながらの帰り道、ふと気が付くと帰る方向とは別の電車のホーム上に立っていた。

『我ここに立つ…』 少し自虐的に呟いてみるのだった。


ダイエット税導入すべし!

スーパーの陳列棚にマツタケの姿を発見。秋の気配が突然と現れた。
そういえば今年の夏は結局海に行かずだった。一生のうちにせいぜい夏は80回ほどしか来ないのに…あぁ、もったいない、もったいない。
(とか言いながら、ほんとはそれほど海に執着してるわけでもない自分。。)

そんな夏の終わりの空を車窓に映しながら、電車のつり革に手をかけ中吊り広告を眺める。目に入ってくる雑誌の広告、“ダイエット特集”だ。
何故だか無性に腹が立ってくる。なんでだろう? 別のグルメ記事にもどことなく違和感を感じる。


先日見たニュースを思い出す。 『 アフガニスタンで500万人が飢餓状態 』
アフガンだけじゃあない。食うものがなく喘いでいる人が大勢居るのに、“食べ過ぎて太ったからダイエット!”だと? 随分とふざけてるなぁ~。

腹の立つ理由はこういうことだ。
別に太っていることにどうこう言っているのではない。ガリガリ君もいてデブもいて世の中だ。
ただ、太ったのが嫌だからダイエット?
う~む、それって形を変えた『食べ残し』だろう。
自分一人の胃袋と舌先三寸の満足を得る為だけに、食べたいだけ食べて飲みたいだけ飲んで。その挙句のダイエット。泣ける、泣けてくるよ日本人。
デブならデブのまま誇りを持ってそのまま行け!と言いたい。

これらの記事の中のどこに食べ物に対するリスペクトがあるのだろう。
食材となった生命への畏怖の念のかけらもない記事達。
暫し思案する。必要以上に食べ過ぎてダイエットするもったいない人達が世界の食糧問題解決への貢献をする方法とか・・・

一つのアプローチとして、財源確保にダイエット税を提案したい。
これにより、無駄な飲食へのブレーキと過剰摂取防止による食料自給率のアップへ。
それでも己の満足を得たい人は食べたいだけ食べて、ダイエット税を払いながらダイエット。戦争などでいわれなき困窮に苦しむ人々への援助の財源を作って頂く。


『 いいかも・・・』


そんな事を呟きつつ家路につく。
そしてTVをつけるとそこには 『ギャル○○』 とかいう女の子の大食い番組をやっている。なんだか滅茶苦茶食べまくっている。とんかつにラーメンにカレーにケーキに・・・
カ~ッ! こいつにも!いやこんな番組を作っているTV局にも! いや、こんな番組のスポンサーになっている企業にもスペシャルな税金を!

こんな憤りの夏の終わりのひと時を過ごしつつ、
“世界の人たちとおにぎり一個でどれだけハッピーな時間と空間が作れることか…”
そんな事を思い、来るエストニアの準備に心切り替えて向かうのであった。

笑顔Switch

今日はおにぎり隊HPチームのMeetingの日。
夜、各メンバー(と言っても今回は3人)それぞれが仕事を終え終結した。


今回は品川のとある素敵な夜景の見える “まりネエ” という素敵なそして不思議な女性のご自宅を会場とした。このまりネエ、何が不思議かというと、人に対する引力。 故郷の広島から東京へ出てきてまだ一年半程だが彼女のこの空間へ既に2・3千人は訪れているだろう。彼女が醸し出す“居心地のイイ~”空間に様々な世界の人達がはまっている訳だ。俺もその一人。
「お腹空いたぁ」の一声に「はいはい♪」と最高の笑顔と共においしいご飯を作ってくれる。その笑顔っていうのが、それまでの彼女の人生の歴史の厚みを感じさせてくれる、こう言っちゃあ失礼かもしれないけど、深みのある笑顔なのだ。(別に彼女は高齢者ではありません。念の為。あぁ、叱られそう…)
この笑顔に触れる度、俺も自然と顔の筋肉が弛緩してほわ~っと笑顔になる。


さて、今回のMeeting.
おにぎり隊HPリーダーは智ちゃん。夏をこよなく愛する女性。この季節彼女に土日のアポを入れるのは「一緒に海に行こうよ。」という誘い文句以外は不可能だ。海のない季節、つまり冬は「何をしていたのか殆んど記憶がないんです…」というほど “人生、夏しかない” 女性なのだ。彼女に海の話しを仕掛けるととたんに顔が溶け始め、How old are you?  と聞きたくなる程のあどけない表情になってしまう。
そんな彼女の笑顔を見ながら一緒にモンゴル遠征へ行った時の事を思い出した。草花も大好きな彼女。バスで長距離移動している道中、大草原の中数時間おきにトイレ休憩をとった。各自が草むらへとトイレットペーパー片手に突き進んでいく中、ふと見ると直ぐ近くでしゃがみこんでいる女の子がいる。「あ~、こんな所だと見えるぞ~」 声を掛けようかと思っていると、じ~っと野に咲いている名も知らない花を見ている。満面の笑顔で。それが智ちゃんだった。


もう一人のHPメンバーが中子さん。
彼女は秋葉原でメイドさん達とエコを切り口に町おこしをやっていたり、自分でインターネットラジオの動画チャンネル(ナカコ姐さんの裏事情)という番組創ってたりスタジオ経営をしていたりする不思議形な女性。超バリバリのメカマニアというかいつもバックの中に不思議なモバイル系の秘密道具がひしめいている。(睡眠時間は推定75分/日。しかしいつも元気。)
かと言って変なマニア形オタクでもなく、オモシロイのがご両親が共に神主の家系(しかも超大御所の神社の)という超日本ど真中のバックグラウンドも持っている。
だから神社好きの俺としても(勝手に)共鳴している。
ホントおにぎり隊に集まってくる人は不思議系キャラが多い…。
彼女の目が一番輝くのは “納豆”。 毎日納豆を食べているのはもちろん!のコト(彼女にとっては当たり前らしい)、様々な納豆の食べ方をマスターしている。今日この日もまりネエが出してくれた料理に何かをオアゲでくるんだ一品があった。パクッ!っと一口かぶりついた瞬間、いつもカッっと見開いているパッチリした目が更に1.5倍になった。 直後、「わぁ~納豆だぁぁ~」!!とシャウトしていた。


人の顔が一瞬にしてパッっと明るくなる。そんあ瞬間に出会えるってイイモンだ。

そんなこんなで、実際の作業責任者の丸さんが来れなかったので、各自の宿題の確認と今後のHPチームの作戦会議をして終了した。次回のMeetingでは今回来れなかった丸さんの笑顔のスウィッチがなんなのかを再度チェックしようというのが新たな俺の宿題に加わった。(可愛い女の子を見るとパッと表情が変わるのは知っているんだけど・・・)


故郷は遠くにありて想うもの… いや時々帰ろう

瀬戸内海に面した故郷:倉敷に夏休みと称して帰ってきた。空港から倉敷の町まで出て、そこに両親が迎えに来てくれた。 「 お帰り 」 なんてことないいつもの台詞だけど、「 ただいま 」とちょっと照れくさそうに返す。
何歳になっても親は親、子は子だ。

この倉敷の町は大原孫三郎というかつて紡績で財をなした人が文化を守るため私財を投じて情緒ある昔ながらの風情を残した町だ。ブリジストン美術館と並んで日本で最も古い美術館である大原美術館もこの町並みの中にある。久しぶりに母と妻と2歳の娘をつれて入ってみた。

エル・グレコの受胎告知をはじめ、ピカソ、モネなどの作品と共に日本の美術界に大きな影響を与えた日本人画家の作品が並ぶ。分かったような振りをしながら、ふむふむと絵を愛でる。2歳の娘も同じく絵を見ながら何度もうなづいている。
中庭に出るとモネが睡蓮の絵を描いた場所から譲り受けてきたといわれる睡蓮が水路にたくさん咲いていた。またも、ふむふむと眺めていると後から、「あの花を見てください。今日咲いたんですよ。これまでで初めてですこんな花。」と工芸館の所長さんらしき人が話しかけてきた。
指さされた方を見ると「おぉ。」 白と赤の二色になっている花が浮かんでいた。こんな花はすごく珍しいらしい。

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いいものを見た。ラッキーだ。
手を引いている娘もまたなんども頭を前後にシェイクしながらふむふむと見入っていた。“分かってんのか?” 
「綺麗だねぇ、珍しい花なんだよ。」とこちらも分かったような風に説明する。


そんな感じで、美術館の中を更に進む。
ふと娘が一枚の絵の前で俺の袖を引っ張りながら、「 お父ちゃんだ。お父ちゃんがいるよぉ。」と指を指す。シャガールの描いた一人の男性の絵が目に入ってきた。
『むむっ!』と覗き込む。 娘は更に追い討ちをかけるように、「これ、お父ちゃんだよ~」と連呼する。

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「に、似ている。…かも。」
でも俺はこんな派手なジャケットは着ないよ。と意味不明な弁解をしながら娘の手をひっぱりながら退散したのであった。
子供は色んなことがよ~く分かっているみたいだ。

ズレた駆け引き

家から横浜駅までの道すがら、いつも気になってチラッと覗き込む一軒の店がある。
15年前横浜に引っ越してきたばかりの頃一度だけ入った事があるが、それっきりになっているお店だ。


通りに面した店構えはちょっと洋風という感じのイタリアンを出すレストラン。小さな店内にはガラス越しにいつも暇そうに新聞を手に読みふけるマスターらしきおじさんの姿が見える。時にボーっと壁に掛けられたTVを見上げている。「なんとも危機感のない店だなぁ…」と余計なお世話なコメントをしつつ店の前を通過する。

そんなやる気のない店だけに、もちろんお客さんは少ない。たまに数名入っていると「おっ!」と人ゴトながら反応してしまう。
この店、何が面白いのかというと入り口の前に掲げた“ランチ”の価格。これがしょっちゅう乱高下するのだ。

時に“980円”と掲げていたランチのボードが客が暫く入らないと急に“650円”と下がってみたり、それでも客足が変わらないと更に値下げを断行する。いつも前を通る俺をまるで為替のディーラーの様に「おっ!」とか「あ~ぁ…」とか言わせ一喜一憂させている。これまでで最高(いや最低)価格は“ランチ:350円!”。こんなんでやっていけるのか!大丈夫か!おやじさん!TV眺めている場合じゃないんじゃないのか!と突っ込まざるをえない日々。

かと思うと、やはりこれではやっていけないと思い直すのか、暫くするとまた580円とかに値上がりしていたりもする。人の心理が手に取るように分かる価格の変動だ。


客が来ない原因はハッキリしている。“接客態度の悪さ”と“料理の不味さ”だ。
どんなに価格でお客に駆け引きしても、そんなことではどうにもならない。そんな傍から見たら当たり前に思える事が当事者って意外と見えないもんだ。こういうのを囲碁から来た言葉で“岡目八目”って言うんだよな。

そんなこんなで、いつもの通り道での個人的密かなエンターテイメントなランチ価格。今日通りかかるとそこには、
            = 牛すじカレー ¥330 =  とあった。


ただただ、あとは応援あるのみだ・・・

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